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毒婦、英雄を部屋に招く.1

本日3話目です。

お読みになる時は話数をご確認ください。


(ふう、随分長くなってしまったわ)


 マリアドールが話し終えると、ジェルフは一度廊下に出て侍女を呼び温かいお茶を用意するよう伝え、再びソファに座った。

 

「辛い話をさせてしまってすまない」

「いえ、それで……信じて頂けますか?」


 少し距離を取って横に座ったジェルフに、マリアドールは身を乗り出し聞く。


「もちろんだ。寧ろすべてが腑に落ちた」

「ふふっ、ジェルフ様は人が良すぎます。こんなの全部作り話かもしれませんよ? そんなふうでは、いつか本物の毒婦に騙されてしまいます」

「心配するな。これでも人を見る目は確かだ」


 暗い雰囲気になったのを誤魔化そうと、冗談めかしたマリアドールに対し、ジェルフが真剣な眼差しを返した。


「よく頑張ったな」


 銀色の髪をふわりと撫でる。

 よしよし、と言いながらもう一度。


「頭を撫でられるなんて、三年ぶりです」

「泣いていいぞ? これでもマリアドールの仮の婚約者で八歳も年上だ」

「八歳差とは思えないほど、ジェルフ様は貫禄があります」

「ほう、それは老けて見えるということか」


 ジェルフは髪を撫でていた手を背に回し、マリアドールを引き寄せると、優しく背中を撫でた。


「秘密を抱え、誰にも理解されず、すべてを一人で飲み込み、背負い、領民を守ろうとしている。立派だよ」


「…………ふえっ」


 情けない声が零れた。

 張り詰めていた気持ちがゆるゆると緩んでいく。


「……望む夢を見せられることが知られれば、母の時のように多数の依頼人が押しかけてくるかもしれません。全てを叶えてあげたいけれど、無理なんです。だから、信頼できる人の依頼だけを受けることにしていて……」

「その窓口が、今はハーレン侯爵なのだな」

「ステイマ侯爵は母の件でショックを受け、自分のせいだと随分悩まれました」


 遠方の依頼を受けたことを悔やみ、それでもしばらくは窓口役をしてくれていた。

 でも、息子が跡を継いだのを機に隠居し、王都を離れた。それが一ヶ月前だ。


 引き継いだのは昔からの友人であるハーレン侯爵。

 まずは自分が試さなければ信じられない、と亡き妻の夢を見せて欲しいと頼んできた。


「絵を描き始めたのは、沢山の人のご依頼に応えられないせめてものお詫びです。私は父から絵を習っていましたから、夢の中で見た光景を思い出し描いているのです」

「それがドロリー宝石店にあった絵か」

「そうです。下手で恥ずかしいですが」


 照れくさそうに笑うマリアドールだが、絵は素晴らしい物だった。

 ただ、気になることもある。


「その能力は、本人にしか話さないのだろう。亡くなった人の絵がいきなり飾られて、家族は驚かないのか?」

「そこは『伝説の画家ギルバート』の弟子が話を聞いて描きあげた、ということになっています。あっ、ギルバートというのは父の偽名です」

「ちょっと待て、ではマリアドールの父親は、あのギルバート・サザリーなのか」


 かつて王都で一大ブームとなりながら、突如として姿を消した画家。

 その正体がマリアドールの父だった。


「確かギルバート殿の新作が出回らなくなったのが一年前、ということは暫くの間は遺品を売っていたのか」

「ええ、お金がありませんでしたから」


 この国の画家は身分が低い。貴族にパトロンとなってもらい生計を立てている者がほとんど。

 中には無理な注文、スケジュールで仕事を受け身体を壊す者もいる。要は搾取されるだけの存在なのだ。


 パトロンがいなくても自由な題材で描くことができたのは、ギルバートに並外れた才能があったから。

 そんな現状と自分の才能の限界を知っているマリアドールは、画家になるつもりはない。

 その代わり、夢を見させた人にだけ、二枚を上限として絵を描いていた。


「ギルバートの遺作となれば相当な値段がつく」

「はい。あとはジーランド男爵家に伝わる宝石を売れば、洪水被害の損失はなんとか補填できると思います。数年後には平民になるのですから、宝石を処分する時期がちょっと早まるだけですわ」


 ケロリと言うマリアドールだが、それが強がりなのは明らかだ。


「宝石はともかく、形見の絵は平民になっても必要だろう?」

「両親なら売れと言うはずです」

「気に食わんな」

「何がですか?」


 怪訝に眉根を寄せたマリアドールに向かって、ジェルフはやれやれと大きく肩を落とした。


「何のための婚約者だ。俺を頼れ、俺が払う」

「えっ、いやいや、ちょっと待ってください。落ち着いてください。私の話を聞いて同情してくださったのでしょうが、それはおかしいです」


 そもそも婚約者ではない。偽、婚約者なのだ。

 会った次の日に、返す当てもないお金を貸してくださいなんて言えるほど、マリアドールの面の皮は厚くない。


(確かに、公爵家の財産や収入を考えるとはした金かも知れないけれど、会ってすぐの人にお金を貸そうとするなんて、お人よしにも程があるわ)


「その顔は、どうせ、俺のことを馬鹿なお人よしだと思っているのだろう」

「お、思っていません!」

(どうして分かったの)


 思わず頬の肉をふにふと引っ張ってしまうも、そういうところが分かりやすいのだと本人は気づいていない。


「これはいわば先行投資だ。あと数年したら我が公爵家のものとなる土地、それを守るために金を出すのだから道理は通っている」


 年上の身分ある男性にそう言われては、そうなのかな、と思ってしまう。

 しかも相手は荒くれ者の騎士を統率する立場、交渉ごとにだって長けている。


「そ、そう言われればそんな気がしてきました」

「素直でよろしい。ではさっそくだが、ジーランド男爵家の収支報告を含め諸々の書類に目を通したい」

「では、明日お持ちします」

「今日は午後から休みなのだ。昼食を摂ったらジーランド画廊に行こう」


(い、今から?)


 ジェルフは温和な笑みを浮かべているのに、断れない雰囲気が漂っている。

 不承不承、マリアドールは頷いた。

日々ブクマや評価が増えて嬉しい限りです。

引き続き最後までお付き合いください。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 毒婦と誤解されるのが、ただ誰かに根も葉もない噂を広められたとかではなくて能力が絡んでいる設定が面白いです。 公爵も毒婦だと思い込んで酷い仕打ちとかもしてこないので素直に応援できます。 [気…
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