回想(マリアドール)
回想でまとめたかったので短めです。
続けてもう1話投稿します
ジーランド家は代々女系の男爵家だ。
そしてその家に生まれた女性には不思議な力があった。
ある特定の人物の夢の中に入り、望む夢を見せることができる。
一見すると、毒にも薬にもならないようなその力だけれど、夢を見させて欲しいと望む人は後を絶たなかった。
「特定の条件」は人によって変わる。
マリアドールの祖母は「思いを告げる前に亡くなってしまった人」
母は「子供を失くした両親」
そしてマリアドールは「妻を亡くした夫」
共通するのは大切な人を亡くした、ということだ。
祖母の時代は、今以上に結婚は親が決めるものだった。若者は、好きな人がいてもその思いを胸に秘め、親の決めた相手と結婚した。
ちょうど、戦争で亡くなる人が多かった時代で、思い人の訃報を聞いてひっそり涙を流した者も少なくなかった。
母の時代は、流行病で多くの人が死んだ。特に身体の弱い子供は四人に一人は亡くなり、小さな墓標が数多く建てられた。
夢を見せる方法は、彼女達にとってそれほど難しいことではない。
まずは、緊張している依頼者に秘伝の睡眠導入剤を手渡し、眠りについてもらう。
睡眠薬の一部には副作用や依存性のあるものもあるが、それらとは違い眠りを促すだけのもので、もちろん身体に害はない。
しっかり眠ったのを確認すると、手を握り依頼者の夢の中に入っていく。そして、夢をコントロールして、事前に頼まれていた記憶のワンシーンを再現させるのだ。
いや、再現、というより莫大な記憶からそのシーンを呼び起こし見せる、と言ったほうが正しいかも知れない。
一度呼び起こされた記憶は、あとは勝手に進んでいく。
とはいえ、時にはその進む方向が間違っていたり、歪んだりして、本来の記憶とは違う形になることがある。そうならないように一晩中手を握って、最低限のフォローをしなくてはいけない。
だから、その夜はベッドサイドでずっと手を繋ぐ必要があるし、気も張り続けなくてはいけない。
夢を見せるのは簡単だけれど、肉体的、特に精神的負担が大きかった。
そのため、この力を使ったあとは三日間もの間寝込んでしまう。
能力が充分に回復するのにはさらに一ヶ月かかるので、依頼を受けることができるのはひと月に一人だ。
祖母の時代はまだよかった。なにせ「秘めたる思い」だし、すでに結婚している人もいる。
依頼人はそこまで多くなかったのだ。
しかし、母親の時代になると依頼人は急激に増える。
子供を亡くした親からひっきりなしに依頼がきて、しかもそのほとんどがジーランド男爵家より上位貴族。断るにも優先順位をつけるにも、胃の痛い状況が続いた。
そんな時、二度子供を亡くしたステイマ侯爵から依頼があった。
一度目は娘、さらにその二年後には息子が亡くなった。
ステイマ侯爵は、二回目に母親に会った時、そのあまりのやつれように驚いた。
どうしたのかと聞くと、自分より高位貴族の依頼を断り切れずに、今では月に二回夢を見させていると言う。そればかりか、このままでは三回にまで回数を増やさなくてはいけない、とも。能力が充分に回復せずに行えば、体への負担が酷い。
そこで、ステイマ侯爵は依頼人の窓口となることを提案した。
侯爵といえど、歴史はこの国で一番古く力もある。他の貴族の無茶な要望も、ステイマ侯爵なら跳ねのけることができた。
子を失くした親の気持ちは分かるけれど、このままではマリアドールの母親が倒れてしまう。
そんな心配から、善意で矢面に立ってくれたのだ。
マリアドールの父親の実家は船舶業を営んでいて、ジーランド男爵家の持つ商会と仕事上でつながりがあった。父親は結婚して初めて母親の能力を知り、それを支えた。
そんな父親の趣味は絵を描くこと。
趣味、と本人は言っているが、偽名を使って出した作品はコンクールで何度も受賞をしている。
しかし、ダンブルガス国において画家の地位は低い。
貴族が絵を描きそれを売るのが憚られる風潮の中、父親は描いた絵をこっそり偽名で売ってジーランド男爵家を支えていた。貧しい男爵家において、高額で売れる父親の絵は立派な収入源だったのだ。
三年前、両親はステイマ侯爵の紹介で、西の国境にある伯爵家へと向かった。
本来なら、依頼人が王都にあるジーランド男爵家を訪ね客間で眠るのだけれど、足が悪く赴くことができないので、両親が行くことになったのだ。
珍しいとはいえ、今までなかったことではない。
マリアドールはいつものようにお土産を頼み二人を見送った。
でも、両親が帰ってくることは二度となかった。
ちょうど両親が伯爵家に着いた夜、隣国からの奇襲攻撃があり戦争が始まった。
伯爵領一帯は戦地となり、半年間激しい戦いが行われた。
両親の生死が分かったのは戦争が終わって間もなくしたころ。
生存者の確認を行っていた騎士が、両親のお揃いの結婚指輪を届けてくれたのだ。
その刻印とデザインから両親のものであることは間違いなく、こうしてマリアドールは十五歳にして男爵家の女主となった。
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