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 子どもの家は、今日も今日とて賑やかだった。村でもいちばん大きな建物だが、いつも手狭に感じられるのは、子どもらが走ったり、無秩序に寝転んだりしているからだった。夏が近づいているから、中央の炉には火は入っておらず、開けた窓から昼の光とともに、ぬるい風がゆっくりと流れ込んでいた。


 家には、下は赤ん坊、上は若者になりかけの少年までを含む、十数人の子どもが暮らしている。そこに、ふたりの年寄りも加わっていた。年寄りは幼い子どものことを見ながら、年長の少年たちの相談を受けるのだった。それに、子どもの家を出ていった若者組の連中も、ちょくちょく顔を出しては、少年らと遊んだり、仕事に連れて行ったりした。


 だいたいにおいて、少年たちはおのずから、大きくふたつの組に分かれるものだった。ひとつは、興味が家や村の内側に向き、幼い子どもと遊びたがる組である。もうひとつは、村の外に目が向いていて、食べるときと寝るときくらいしか、家の中に留まろうとしない組だ。そしてツノは、この後者の部類の少年だった。


 時は早い昼食の後だった。畑での朝の仕事を終え、これから遊び回ろうという頃だった。ツノは後輩たちを連れて、家を出ていこうとしていた。すでに、小さな子どもが何人も家を出ていたから、早くついていかねばならなかった。だが、ツノは戸口から出ようとして、足を止め、中を振り返った。


「シッポ。行くぞ。」


 ツノは、敷物に寝転んでいた小柄な少年に呼びかけた。かつてツノが抱き上げて村に連れ帰ったシッポは、すでに七つか八つくらいになっていた。同輩たちよりも背が低く、線も細く、おとなしい。いまも、幼い子どもがその体の上によじ登ろうとしていたが、それをとめるでもなく、あやすでもなく、ただするがままに放っていた。


 ツノに呼びかけられて、シッポは顔を上げた。どうしようかと迷うような表情が浮かんでいた。


 その表情を見て、ツノは少し気落ちし、少し苛立った。


 かつて先輩に面倒をかけていた小さなツノも、いまは年長に近く、後輩たちの面倒を見る側になっていた。中でも、自分で抱き上げたこともあって、シッポはお気に入りの後輩だった。いつもいっしょに遊んでいたいと思うのだが、いかんせん遊びの趣味は違っていた。シッポは、もっと幼い頃こそツノについて歩いていたが、いまでは家に留まっていることが多くなり、ツノについて遊ぶことは、年々減っていた。


 ツノは、少しシッポのことを心配していた。氏族の最年長の少年たちは、戦いの技を学ぶ。ツノは、あと二年か三年もすれば学べるだろう。それをツノは楽しみにしているのだったが、シッポが同じように感じるだろうとは思えなかった。いまのおとなしく、怖がりなところのある少年を見ていると、武器を扱うところ思い浮かべることができなかった。


 あまりに荒っぽくなる必要もないだろうが、シッポは、もう少し勇ましくてもいいのではないか。ツノはそんなふうに思っていたし、だからこそ、外でやんちゃな仲間たちと遊んで欲しいと思っていた。


 ツノは小さな少年を連れて行こうと、もういちど口を開きかけた。そのとき、戸口のすぐ外から大きな声が上がった。


「シッポは放っておけよ。そいつは怖がりなんだ。」


 ツノはそちらをじろっと睨んだ。声を上げたのは、シッポと同輩のイワだった。シッポとは違って大きな体をした少年で、すでにツノと同じくらいに見える。シッポと同じ年頃には、とても見えなかった。


 イワが声を上げると、部屋の中の空気はぴりりと緊張した。年長の少年たちは、手では他の仕事――食器を集めたり、幼い子をあやしたり、縫い物をしたり――をしていたが、ちらちらと横目でシッポとイワの様子を窺っていた。


 ツノはシッポを振り返った。小柄な少年は、大きな同輩の言葉に少し眉をひそめていたが、反論しようとはしなかった。戸口から視線を逸らすと、体によじ登ろうとしている幼子に目を向けた。まるでイワのことに興味がないようだった。周囲の様子に気づいたようでもなく、まったくのんびりとしていた。


 そんなシッポの様子が、またツノを苛々とさせた。イワは生意気で無礼だから――ツノは幼少期の自分のことを棚に上げた――、反論すればいいのだ。喧嘩などしなくてもいいが、口で言い返すくらい、したらいい。そうしないから、臆病だ、腰抜けだと言われるのだ。ツノにはそのように思われた。


 ツノは戸口のそばから、また家の中へと足を向けた。


「シッポ。行くぞ。」


 そう言いながら、小さな後輩に近づき、顔を覗き込んだ。ツノを見返す後輩の顔には、少し困ったような表情が浮かんでいた。だが、体によじ登ろうとしている幼い後輩を、立ち上がるために手でどけた。


「ごめんよ、ちびさん。」


 シッポは後輩に言った。幼い子どもは、少し不思議そうに先輩のことを見つめたが、すぐに興味を失って、手近な仲間のところに這っていった。


 そしてシッポが立ち上がろうとしたときに、声が上がった。


「いやなら行かなくていいぞ。」


 そう言ったのは、ツチという、ツノの同輩だった。しかし、一族には年齢を細かく数える習慣はない。同輩とはいえ、おそらくひとつかふたつは年上だろう。ツノよりも背が高く、細身の少年だった。


 ツノは、ふきげんな気持ちを隠そうともせず、ツチに視線を向けた。


「いやなわけがないだろ。シッポだって、外に行けば楽しいに決まってる。」


「そんなこと、お前が決めることじゃあないだろう。」


 ツチはそう言ったが、すぐに視線を逸らすと、立ち上がったシッポに目を向けた。


「年上の言うことだからって、聞くことはないんだからな。子どもでも、おとなが間違ったことを言ったなら、そう言ったっていいんだ。」


「おれが間違ってるっていうのか。」


 ツノは背の高い同輩を睨みつけた。周囲の少年らが息を飲んだことに、ツノは気づかなかった。この少年は、シッポとは違って、激しやすかった。周りの様子も見えなくなるくらい、すぐにかっとなるのだ。


 そして、対するツチのほうは、激情家でこそないが、厳しい性格をしていた。自分から手を上げることこそないが、他者からはじめるならば、自らも暴力に訴えることにためらいはなかった。


 喧嘩がはじまりそうになった、まさにそのとき、声を上げたのはシッポだった。


「ちびさんが先に行ってるよ。」


 言いながら、小柄な少年はツノの横をすうっと通って、戸口から外を見やった。ツノも慌てて振り返る。そこで待っていたはずの後輩たちは、どこへやら消えていた。


 幼い子どもだけでもなかったから、とくに危険というわけではなかったが、それでもいちおうは年長者がついていくものだった。先輩たるツノとしては、失態だった。


 ツノはいちどツチを振り返ると、睨みつけた。だがそのときには、ツチはすでに縫い物を再開していて、ツノの視線には気づかなかった。ツノは苦い苛立ちを感じつつ、家を出ていった。

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