結成One:第五魔法Resurrection
日常とは突然終わるものだ。
僕、伊賀崎 優汰は今日も5時に起き、地下の工房に向かい、右手にナイフを握り、左手で捕まえている鳩の首を落とそうとその右手を振り下ろす。ナイフは鳩の首の一センチほど上で止まる。
伊賀崎の家は黒魔術師の家系だ。西洋で発達した黒魔術の魔法陣は、殺した鳩や黒猫などの血で描くのが基本的だ。
でも僕は魔法陣を書く時はいつも自分の血で描いている。
なぜなら僕は鳩の命を自分が奪ってしまうのが怖くて、それができない。家族は優しすぎるなんて言ってくれるけど臆病なだけだ。
一階に上がると、
「おはよう。今日もダメだった?」
と、車椅子の女性が話しかけてくる。姉の絵夢だ。
姉さんは中学の時、交通事故にあって歩けなくなり、左目も潰れた。
一応魔術で作った人造魔眼を義眼の代わりにしているが、見られたくないらしく眼帯をしている。
「うん、ごめん。」
と、返す。赤く染まったティッシュで押さえた左手を見れば今日も自分の血で魔術の練習をしたことも明らかだろう。
姉さんからの手当てを受け、朝食を食べる。
父は姉さんの事故の半年ぐらい後に自殺した。母はイギリスにある魔術の大学で教職についているため、そもそも日本にいない。そのため姉さんと二人暮らしだ。
今日は金曜日。今週最後の学校に登校するため、制服に着替える。
いつも通りインターホンが幼馴染の姫里 風花が来たことを知らせる。自分のほうが家が近いのに律儀なものだ。
「優汰ー、ほら置いて行くよー。」
「待ってよ・・・じゃあ行ってくるね姉さん。」
せかされて家を出る。
僕らが通う学校、私立月光大学附属高校は新年度のテストの真っ最中だ。
正直言って勉強は得意じゃない。毎回風花に勉強を教えてもらっているのに学年平均を超えるのがやっとだ。
それに比べて風花は中学の頃から学年10位以上をキープし続けている。
しかも可愛くて、帰宅部なのに運動神経も男子の運動部と比べても遜色ないときた。
絵に描いたような才色兼備。正直幼馴染じゃなかったら絶対関わってない人だ。
僕らが一緒に学校に行くのは別に付き合ってるわけじゃない。単にお互い友達が少ないからだ。私立の中高大一貫だから友達が近くに住んでないなんてざらにある。友達が少なければなおさらだ。
風花のことはぶっちゃけ好きではある。でもこの関係を壊したくないし、魔術のこともあるから思いを伝えられずにいる。
理由は分からないが、魔術は一般人には秘匿すべきものらしい。
だから、風花と付き合って魔術のことがバレると隠蔽が面倒だ。
学校に着くと皆友達と喋ってる。自分の席に着くとその隣にイヤホンをした風花が座る。
風花は聴力が人より優れているから教室で皆がしゃべると耳に負担がかかる。イヤホンは耳栓代わりで特に音楽は流れていない。
「姫里さーん、またそんな地味男と登校してきたのー?」
陽キャ特有のテンションで萱瀬 蓮人が話しかけてくる。
萱瀬は去年から同じクラスのイケメン生徒で、女癖が悪いという噂が絶えない生徒だ。
最初のほうこそ心配してたが、
「悪い?あんたみたいなうるさい奴よりよっぽどいいけど?」
と、塩対応なので多分大丈夫だろう。
「そんなこと言わないでさー、仲良くしようよ!」
「何度も言うけど、私あんたみたいなうるさい奴と仲良くしたくない。」
萱瀬もこんなに言われてよくめげないものだ。
テスト期間なので12時半で学校が終わり、風花とファミレスでご飯を食べてから図書館に向かう。
テストは月曜までなのでその対策だ。図書館を出たころには9時半になっていた。2時から勉強していたので、何回か休憩を挟んで途中で夜ご飯を食べに行ったとはいえ、7時間半も図書館にいたことになる。
今から帰ると10時半ぐらいだろうか?
電車に乗って夜見川市に帰る。駅を出て、風花の家の前で風花と別れ、曲がり角を曲がる。
すると・・・そこには虫?の様な生物がいた。ハエに似てるが人間ぐらいのサイズで足の内前の二本が刃のようになっている。
「うわああああああああ!!!」
僕は腰が抜けて尻もちをついて、その衝撃で眼鏡が落ちる。その生物は僕と目が合った途端に
「GYAAAAAAAA!!!」
と吠え、その刃の様な前足を、僕の心臓に突き刺す。
その日初めて僕は死んだ。
逆凪 青依は魔力の反応を追いかけてその場に向かうとハエ型の獣魔と、倒れた少年がいた。少年の血が水たまりのようになっている。
「あーあ、とうとう私が来てから最初の犠牲者が。」
と言いつつ"構築の魔術"で魔力を鉄を再現して大鎌を作り、そのままハエ型獣魔を一刀両断する。獣魔の消滅を確認し魔術を解くと、鎌は魔力に戻り空気中に霧散する。
「待ってて、今助ける。」
もう死んでしまった少年に鈴のような声で呼びかけ、そして詠唱する。
其れは青の詩。其れは死の詩。其れは生の詩。
第五の奇跡。その詩よ、
死者の国よりここに帰れ。
光は零れ彼の者を癒し、
その魂と朽ちゆく骸を繋ぎ留めよ。
我は火と命を注ぎ、
その理から外れ、
ここに死の逆行は、完成する。
祈りをここに、
Resurrection。
眩い光と共に少年の胸の致命傷が癒え、少年の遺体を触媒に少年の魂を召喚し、少年の魂を遺体に繋ぎ止め、魔力で再生した寿命を装填する。
少年の左胸に触れ心臓が動いていることを確かめる。
「よかった、蘇生成功。」
少年が目を覚ます。
青依は、少年に少し笑いかけ右手の指輪に魔力を込め再び詠唱する。
眠れ
行使された"催眠の魔術"に応じ、少年は眠りについた。
「一瞬起きちゃったけど・・・まあ夢だと思うか。」
さて、この子を送り届けないと。
「どうしよう。・・・・・学生なら学生手帳に住所があるか・・・ちょっとごめんね。」
青依は少年の学生鞄を探る。学生手帳には伊賀崎優汰と書かれている。伊賀崎・・・確か黒魔術の名門だったはずだ。
と言うことはこの子も魔術師なのか。
40年も昔の自身の記憶を思い返し、青依は思考を巡らせる。
「とにかく学生手帳に書かれた住所にいくしかないか。」
魔法を使ったせいでかなりの魔力を消費している。
なけなしの魔力で強化の魔術を使い、身体能力を強化して、少年を背負い歩き出す。
伊賀崎優汰は夢を見ていた。幼馴染と勉強した帰り、虫のような化け物に胸を貫かれ、知らない少女に微笑みを向けられているカオスな夢だ。少なくとも優汰は夢だと思っている。