表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢の毒はいかがでしょうか  作者: まさかの
3章 私はいかがでしょうか 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/42

17 闘い

 前よりも綺麗になった中庭は綺麗なバラが咲き誇る。

 剪定された植木もみずみずしく太陽を反射させ、その光景を幻想的にしてくれた。


「紅茶をどうぞ」


 エマが紅茶を注ぐと心地の良い香りが漂う。バラに囲まれて紅茶を楽しむなんて最初の頃は考えられなかった。

 風が吹き、顔を背けた先にシリウスが歩いてきているのが見えた。


「お待たせ、カナリア」


 青い花のシネラリアが花束の中に入っており、彼はそれを私へと差し出す。


「君のために見つけてきたんだ」

「シリウス様……」


 私は花束を受け取ると、彼は爽やかな笑顔を向ける。そして彼は私の顔を持ち上げて、目をジッと見つめ合わせてくる。

 そこで彼が何をしようとしているか分かってしまった。


「いけません……ここでは見られてしまいます」

「大丈夫、今は誰もいないから」


 気付けば本当に誰もいなくなっていた。シリウスは意地悪そうな顔で私の返事を待つつもりだ。


「しょうがない人ですね」


 私は仕方ないですねと嘆息して目をつぶる。だがいつまでもその時は来ない。

 ゆっくりと目を開けて見えたものは自室の天蓋の屋根だった。


「ここは……」


 少しずつぼんやりとした意識が覚醒してきて、先程までのは夢だったということに気付くのに時間が掛からなかった。そしてどんどん忘れていた恥ずかしさが込み上がってくる。


「まさか、私があんなはしたない夢を見るなんて……」


 これではまるで私がシリウスを好いているようではないか。昨日は熱で朦朧としながら、シリウスによってヒルダから助け出されたことは覚えている。それであんな夢を見てしまったのだろう。


「シリウス様に助けられたからって──」

「俺がどうかしたか?」


 顔を横に向けると椅子に座ったシリウスがいた。誰もいないと思っていた部屋で、急に隣から声を掛けられたら驚くに決まっている。


「あわわ、どうしてシリウス様が……え?」


 私の手が彼の手を握っている。大きな手を通して彼の体温が伝わり、それはつまり私の羞恥で昂った体温も伝えているのだ。


「手を握ってほしいって言っただろ? 熱はもう大丈夫か? まだ顔が赤いが……」


 シリウスはまたおでこで体温を測ろうとするので、私はすぐさま手を離してベッドの奥に引っ込んだ。


「もう大丈夫ですから!」


 さっき見た夢のせいで動揺が顔に出てしまっている。シリウスは私が元気になったと少しホッとしている。


「君のメイドに朝食の準備を伝えてくるよ」


 シリウスはあまり深くは聞こうとすることはせず、ドアの方へ歩いていく。だが急にドアの前で立ち止まり、頬をポリポリと掻く。少しばかり顔が赤面している気がする。


「実は聞くつもりはなかったんだ。君の寝顔があまりに可愛くて、そしたら寝言が……」

「ん〜〜ッ!?」


 言葉にならない悶絶の言葉が出てしまった。シリウスもそれ以上は言わずに部屋から出ていき、エマが食事を持ってくるまで心を鎮めるのだった。


 シリウスの分の食事も運ばれて、私の部屋で彼と食事を摂ることになった。先程の気恥ずかしさからなのか、お互いに無言で食事が進む。

 たまに様子を窺うと、どうしてかそんな時に限って目が合って、すぐに目を離してしまうのだ。


 ──私はこれでも名家のノートメアシュトラーセの人間よ。こんなことで動揺してどうするの!


 いい加減に自分の初心な気持ちを抑え込み、動揺が伝わらないように私から話題を振る。


「「そういえば!」」


 お互いに声を掛けようとしたようで声が重なり合った。またもや気恥ずかしさから無言になってしまった。


「カナリアは演劇は好きか?」

「はい。こちらもあるのですね」

「もちろんだ。帝国とは少し趣きが違うが、それに負けない自信はある」

「まあ、それは楽しみです!」


 実を言うと私はかなり演劇が好きで、昔はよく劇場へ赴いた。特にラブロマンスはいくつも観てきた。

 想像するだけで楽しみになり期待に胸躍らせたが、目の前にシリウスが居たことを思い出してなるべく気持ちの高鳴りを抑えた。


「カナリアにはもっとこの国の良いところをいっぱい知ってほしいんだ」


 急に我に返ることが出来た。スカートの裾を強く握りしめて、ここに来てからの怒涛の日々を思い出す。


「シリウス様が味方なのは分かったつもりです。ただどうして王族の方々はわたくしを目の敵にするのですか?」


 私が帝国から追い出されたのは仕方ない。父が何をしたのか分からないが、反逆の罪ということなら取り返しのつかないことをしたのだろう。

 ただどうして嫁いだ先でも酷い目に遭わないといけないのだ。


「それは……」


 シリウスは口をつぐむ。

 彼の表情から言いたくても言えないのだと気付いた。


「それなら一つだけ教えてください。どうしてヒルダ様はあれほど執拗にわたくしを狙うのですか?」


 嫌いなら関わらなければいいのに、どうしてあれほどわたくしを辱めようとするのだ。


「ヒルダは俺が王位を狙っていると思っている。君の家は没落したとはいえ、帝国の歴史ある公爵家の血を引いている。帝国との架け橋として何よりも重要な意味を持っている君が疎ましいのだろう」


 やっとなぜヒルダが私に対して徹底的に排除しようとしているのか理解した。だが今の情報だけではまだ足りない。

 私は資料室に足を運んで、ヒルダの経歴について調べてみる。


「そういうことね……やっと彼女が王妃の座に就きたいのかも、私を嫌っている理由も分かったわ」

「どうしてですか?」


 エマの質問に答えず、私は頬を吊り上げた。

 これまでやられっぱなしだったのだから、私も少しは反撃した方がいいだろう。

 中庭の庭師に指示を出しながら、私は今度参加する国王の誕生祭について考えていた。


「狙うべきは国王様の誕生日会よね。でも時間もあまりありませんし……」


 私にとって今一番必要なのは、私を中心とする派閥だ。あのヒルダの性格では、おそらく付き従わない家には圧力くらいは掛けていそうだ。

 それならヒルダにまだ取り込まれていない者たちこそが私にとって逆転の目になるだろう。


「エマ、これから手紙を書きますので、令嬢達のリストを作成してください」

「かしこまりました!」


 すぐさまエマが用意したリストに目を通して、誰に送るか決めていく。ヒルダの派閥に入っていない者たち全員に送るため、ペンにインクを付けてどんどん手紙の山を作っていく。

 そして全て書き終えて、エマへと渡した。


「では届けて参ります!」


 エマは元気よくワゴンに手紙を詰めて部屋から出て行った。それと入れ替わるようにシリウスが部屋へと入ってくる。


「すごい手紙の量だったな」

「そうですね。全部で二百枚くらいでしょうか」


 私が伝えた手紙の数にシリウスは目を丸くする。


「それだけの人数に何を書いたんだ?」

「ただのお茶会の誘いですよ」

「二百人に出すって、流石にうちには入りきらないぞ」

「手当たり次第ですので、おそらく参加するのは十人くらいですよ」


 ほとんどの家は様子見をしてくるだろうが、それでもシリウスと仲良くしたい家は手紙を返してくれるはずだ。

 ヒルダに付け入る隙があるとすれば、まだ派閥を決定していない者たちの力だろう。

 それは私にはあって、ヒルダにない決定的な違いが今後を左右する。

 国王の誕生祭に向けて着実に準備を進めていき、ドレスを作るために大店の針子職人を呼んだ。


「申し訳ございません……今からその期日までに仕上げるのは難しいかと存じます」

 職人と共に来た大店の主人は震えながら頭を下げる。ドレス作りは一つの季節分の時間が掛かる。

 こんな短い時間では間に合わせで作ってもまともな品にならないだろう。


「それなら既製品でもいいからすぐに見繕えないかしら?」


 母の形見のドレスはすでにドレスとしての役目を果たすのは難しく、適当なドレスの方がまだマシだろう。

 ただやはりそんなモノは出せないと話が進まない。

 ドレスの出来はいわばその店の価値を表すモノであるため、国王の誕生祭で着るドレスで手を抜くことができないと言う。


「あのドレスならカナリア様のご要望も叶えられるのではないですか?」


 針子の女の子が店主へ耳打ちをして、店主に静かにするように言われる。

 たが私の耳はそれを逃さなかった。


「何かあるのですね」


 ニッコリと笑顔で尋ねると店主は諦めたように話をしてくれた。

 私たちは早速とお店でそのドレスを見せてもらった。

 満足した私は体に合うように手直しを依頼した。


「ふふ、なかなか良かったわね」

「ご機嫌ですねカナリア様」


 今なら踊ってしまいそうなほど気持ちが高揚して、運がこちらに向いてきているのを感じた。


「ええ。先程のドレスもですが、やっと手紙の返事までいただきましたからね」


 お茶会に誘った令嬢の一人から返事が来たのだ。


「それではお茶会に参加していただけるのですね!」

「逆よ、逆」

「え?」


 戸惑うエマに手紙を渡した。恐る恐るエマが中身を読み、次第に顔を青くしていった。


「これって……」


 エマが顔を青くするのもしょうがないだろう。


「ええ、文句があるのでウチに来いですって……」


 まるで好意的な手紙ではないがこれは私がこれから逆転するために必要なことだ。

 私が嫁いできただけの女と甘く見ている者たちに分からせよう。

 カナリア・ノートメアシュトラーセがどんな女かを──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ