3話
「…落ち着いたかな?」
保健室の先生に声を掛けられる。
担任は俺を引き渡したあと、教室に戻って行った。
「…まぁ、なんとか。」
トイレでもう一度吐いたあと、何度もゲロの臭いを洗って、ようやく今に至る。
「…能力を使ったら吐いたんだって?」
先生に尋ねられる。
「…はい。」
担任から聞いているのなら、隠すだけ無駄だろう。
「…肉体的な負担は掛からない筈だから…やっぱ精神的なものね。」
腕輪が制限を掛ける分、肉体に掛かる負担も上限がある、という事か。
しかし、精神的なものは、どうしようもない。
「…能力ってね、みんな好きで使えるようになった訳じゃないの。」
先生が、ぽつりと話し出す。
「ある日突然、訳の分からない現象が起きて…人によっては、それがトラウマになってたりするのよ。」
「…そうですか。」
「担任の先生には、一応無理させないように言っておくわ。」
そりゃどうも。
「…それでも、授業はちゃんと受けてね。」
「…なぜ?」
「トラウマがあるからこそ、制御できなきゃ、もっと酷い事故が起きるかもしれないでしょ?」
一理ある。
…が、しかし…。
「…これと向き合えって言うんですか?」
腕輪を見る。
また、手が震える。
「…何があったかは聞かないけど、逆にあなたは、そんな調子で、爆弾抱えたまま生きていきたいの?」
それは嫌だな。
「…ま、そういう事だから、これから頑張ってね。」
そう言うと先生は、他人事と言わんばかりに、ひらひらと手を振って見せる。
「…。」
実際他人事ではあるのだが。
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「おかえりー。だいじょぶ?」
教室に戻ると、前の席から、景二が声を掛けてきた。
「まぁな。」
それに、適当な返事を返す。
「まだ顔、青いぜ?」
「…意外だな、心配するなんて。」
「…どういう意味だよ?」
「そのままの意味だが?
お前なら良い笑い話が出来たと喜ぶタイプだと思ってたが。」
「…俺そういう風に見られてたワケ?
別に良いけど、笑い話じゃねーだろ?」
「ほう?」
「出来ないもんは仕方ねーし、コレに関しちゃ、イヤな事の一つや二つあるだろーしな。」
「…。」
意外とまともな事を言うな。
言い草からして、コイツも能力で嫌な出来事があったのだろう。
それと、家庭環境や友人関係も優良そうだな。
…あらかた、能力に目覚めてここに引き剥がされた、といった所か。
「…そうだな、お前も出来ない訳だしな?」
「ちょ、フォローしてやったのに、その言い方は酷くね!?」
「じゃあ出来るようにするか?」
「…どうやって?」
「とりあえず、お前の能力を特定しよう。
さっきの教科書通りにやって、何も起きなかったんだよな?」
一応、確認する。
「あぁそーだよ。」
「…過去に能力で、何があったか聞いても良いか?」
「…言わねーと分かんねーだろーし…まぁあんまし言いてぇ事じゃねーけどさ。」
渋々、といった様子だが、話してくれるようだ。
「…事故に遭ったんだよ。
交通事故。
中学の頃、部活の帰り道で、車が突っ込んで来てな…。」
目覚めたのは最近か?
「…立ってた俺は無傷。
代わりに、車の方はぺちゃんこだった。」
「…そうか。」
見たんだな…。
潰れた運転席、その中身を。
「…これで良いか?」
「あぁ。ありがとう。
普通に考えれば、硬質化か、障壁の生成…あるいは、斥力か。」
「せきりょく?」
知らんのか。
「物体を引き離す力。引力の逆。」
なるべく語弊のないように、簡単に説明する。
「ふーん。」
「…お前の能力の事なんだから、もうちょっと興味を持てよ。」
まぁ、『ぺちゃんこだった』と言う事だから…。
「おそらくは斥力だろう。
今まで使えなかったのは…条件が必要だから、とかか。」
「条件って?」
「たぶんお前の危機感。
もしくは距離とエネルギー量。」
「…何だって?」
「…お前が『やべー』と思ったら使える能力なのか、気付かなくてもヤバかったら使ってくれる能力なのかって話。」
「ふーん。」
相変わらず気の無い返事だ。
「…お前の話だぞ?」
「そりゃわかってるけど。」
けど?
「内容はさっぱり分からん!
そして俺が能力を使えない事も変わらん!」
あ、コイツ馬鹿だったわ。
方向性が固まって参りました