ニンゲン・フォビア~Kei.ThaWest式精神糜爛人造恐怖譚~
夜の闇を踏んで
本作はKei.ThaWestがハロウィンに合わせて一人で勝手にやるホラー短編企画(泣)のオープニング作品です。
ザウェストホラーの雰囲気を味わっていただくには最適の一本かと思います。
ちなみに今日と明日とで最低でも4本のホラー短編を投稿いたしますので、本作が面白く感じられた方は是非、そちらもご覧になってみてくださいね。
終電の時間ともなると、駅の周囲は人気もほとんどない。寂れたアーケードを抜け、まばらな民家の灯りの中を抜ける。ベッドタウンと言えば聞こえはいいがその実、単なる味気ない住宅地である。
涼子は家路を急いでいた。
美容専門学生御用達の、モデルウィッグもすっぽり収まるサイズのボストンバッグを重そうに抱えながら、無人の路地を進む。
今日は思いの外、遅い時間になってしまった。このあたりは変質者もよく出没するみたいなので、妙なのと遭遇する前にさっさと帰ってしまいたい。深夜帯の、見たいバラエティ番組もある。
それに……。
最近は、とある話題で持ちきりだ。
駅周辺で連続する殺人事件。被害者はいずれも若い女性。時刻は決まって夜、しかも終電間際のちょうど今ぐらいの時間だ。
「はやく帰らないと……」
独り言。
自分の足音が妙にうるさく聞こえる。あたりが静かすぎるのだ。
コツ、コツ。堅い靴底が地面を踏む音が鳴る。
「……え?」
涼子が履いているのは底がぺたんこのスニーカー。こんな硬質な音は出ない。
恐る恐る、後ろを振り向く。
電球が切れかかって明滅を繰り返す街灯の下、曲がり角に半分ほど身を潜めるようにして真っ黒い影が、存在していた。
「ひっ」
喉に悲鳴がつかえそうになり、涼子は慌てて口を押える。気休めにもならないがカバンをきつく胸に抱き寄せ、慌てて駆け出した。
単に、曲がり角のところに立ってただけだったかもしれない。マナーは悪いけど、お酒に酔って立小便をしていただけとか。
……いいや、多分、違う。
相手は確実にこっちを、自分の方を凝視していた。涼子の直感がそう告げてる。
「ヤバイヤバイ」
荷物が重くて、全速力で走れない。せいぜいが小走りくらいの速度しか出せない。もどかしい。足がもつれる。ヤダ……怖い……あの人、もしかして……。
コツ、コツ、コツ。
後ろから追ってくる足音のリズムが、明らかに速くなった。
コツコツコツコツ。
「いやっ」
捕まってたまるか。
涼子はとっさに、本来の自宅アパートではない方向へ曲がり、民家の庭先へ身を隠した。
彼女を追ってきたと思わしき足音は乱れ、涼子がじっと息を潜めているうちに諦めたのであろう、段々と駅の方向へと戻っていった。
それから約30分、涼子はたっぷりと時間をかけて周囲の音に耳を凝らし、ようやく安全を確認してから自宅へと戻った。
いやな汗をかいた。玄関の鍵を確実に閉め、チェーンロックをかけ、ようやくほっと一息ついた涼子は、バッグを抱えたまま風呂場へ直行した。
バッグのファスナーを開け、中身をゴロンとタイルの上に転がす。とたんに猛烈な血臭が浴室内に充満した。
「危なかった。あの人もしかして……刑事だったのかも」
荒々しく切断された女の首が、恨めしそうに涼子を見上げていた。涼子は嘲笑い、換気扇を回した。
最近は、とある話題で持ちきりだ。
駅周辺で連続する殺人事件。被害者はいずれも若い女性。時刻は決まって夜、終電間際の時間。
被害者はいずれも頭部を切断され、持ち去られていた。
浴槽内にはいくつもの保冷バッグが置かれている。涼子はそろそろ、これを何とかしなければと思った。
「捕まってたまるか」
吐き捨てて、涼子は浴室のドアを閉めた。身を焦がす抗いがたい殺人衝動に蓋をするかのように。