表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ご隠居十手 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ははは、つぶつぶって包丁使うの、へったくそね〜。むしろ、自分の指のほうを切るんじゃないかって、見ててハラハラするわ。

 う〜ん、でもその危なっかしさ。実際のところ、お笑い話にするのすらまずそうね……ひとまず私が着るの担当するから、火のお守りとかお願いできる。


 ふ〜、どうやら分担成功ね。おかげで、血入りカレーとかにならずに済んだわ。さっすがあたしってところね。

 ――ん? 珍しく反論してこないわね。本気でしょげちゃった? メンゴメンゴ。

 そうねえ。つぶつぶが元気になるといったら……やっぱり不思議な話かしらね。

 じゃあ、包丁つながりで光り物。金属製の道具に関する話なんかいかがかしら。



 むかしむかし。とある村の果樹園で少し妙な被害が出たのね。

 暖かい気候の中、栽培を始めたばかりのみかん。そのひとつに、実の半分近くまで潜り込む、一文字の傷がつけられていたの。

 動物がつけたにしては、傷口がきれいすぎる。乱れもなければ、中身をむさぼった気配もない。けれども刀などで切りつけたにしては、傷の幅が大きい。

 親指を突っ込んで、真っすぐにえぐることができたなら、あるいはこんな傷もつくかもしれない。だがこうしてついた傷をなぞるならともかく、穴が開いていない状態から指を突っ込んで、ここまできれいに中身をえぐれるだろうか。

 すでに乾いてしまったのかもしれないけど、木の下にもみかんそのものにも、しぶきがかかってはいないように見えたのよ。


 それからも、場所を変えていくつかのみかんが、同様の目に遭った。

 当初は夜が明けてから確認すると、新たに傷ができていたから、夜中に人が網を張って待ち伏せすることもあったわ。ところが、その警戒をあざわらうように、白昼堂々、傷を負わされる事態も起こったの。

 昼間の、ほんの半刻(約1時間)ばかり。目を離したスキに、みかんのひとつには大きな傷が生まれていた。やはり果実の真下やその表面の皮には、果汁のしぶきがかかった形跡はなかったらしいのよ。


 いかなる技を持つ者の仕業だろう。

 人々がそう思い始める中、ついに目撃者がひとり現れた。

 そば屋の出前をする青年だったわ。彼はかの果樹園を営む一軒に、注文のそばを届けて、店へ引き返す途中だったとか。

 家を離れて畑の角を曲がると、上等な羽織をまとった後ろ姿が、数歩前方にあったわ。


 一代で大商人の仲間入りをし、息子たちに後を託したというご隠居さんだった。生まれ故郷であるこの村へ帰ってきたという彼は、すでに二十年近くをこの場所で過ごしていたわ。

 けれど、その容色にはかげりの差す気配なし。青年は小さい頃からこのご隠居を知っていたけど、この二十年あまりで、しわのひとつ、白髪の一本すら増えた様子は見えなかったのよ。

 たまたま、美容の効果が現れているときに、出くわしただけかもしれない。けれど、自分を含めた幾人もが、ご隠居の老け知らずを感じている。一部の女房たちなど、どうやって若さを保つのかに、関心を持っていたらしいわよ。


 その前を行くご隠居は、足が速い。青年も歩幅はそれなりに大きいという自負はあったのに、小走りになってようやく差が縮められるというありさまだったとか。

 自分にはまだ、店に帰ってからの仕事がある。青年はご隠居との距離を詰めていき、つと横によけながら、そのまま追い越していこうと思ったわ。

 追い抜きぎわ、ご隠居は羽織の内側に着た、あわせの中へ手を入れていたの。そのまま、わきにある畑のみかんの前を通り過ぎたとき、さっと合わせ目から手が飛び出したわ。


 岡っ引きなどが使う、十手だと青年は思った。

 にぶい銀色を持つ、太くて短い身体。けれどもその端にあたる部分、刀と遜色ないほど細くなっており、それがさっとみかんの表面をなでるや、すぐさま再び、ご隠居さんの胸の中へ収まっていく。

「え?」と信じがたいものを見た青年は足を止めるも、ご隠居は意に介する様子なく、そのまま歩き去って行ってしまったの。

 青年はご隠居の背中が見えなくなるまで待って、さっとみかんを見ると、わずかに切れ目が入っていたわ。しかもその切れ目はおのずから広がっていき、いくらも経たないうちに、何度も目撃されたみかんたちのごとく、指が入る太さの傷にまで成長をとげていたのよ。


 そのことは、すぐさまウワサとなって人々の間に広まった。

 ご隠居はそれを知ってか知らずか、平然と外出を続ける。人々は気がついたときには彼の動向に注目し、特にみかん畑の近くを通る時には神経を凝らしたわ。もし、青年のいうことが本当なら、現行犯で逮捕してやろうとね。

 その監視の甲斐あってなのか。これまで三日とあげず被害が出ていたみかんが、無傷の状態が続く。ご隠居の再犯を防止できたならよしと、考えることもできたけど、被害は別のところで出始めたわ。


 野良犬、野良猫。しばしば村の中へ姿を現す彼らに、みかんと形を同じくする一文字の太い傷が、背中に入っているのが目撃されるようになったのよ。

 確かに皮も肉もごっそりえぐられているのに、彼らの誰もが、それを致命傷とみなしている様子はなかった。平然と歩き、走り、猫に至ってはぴょんと高く跳んで、塀の上へとよじ登る。


 ――やはり、例のご隠居のしわざだろう。


 人々はいっそう警戒を強め、外を歩く彼の姿はもちろん、住まう一軒家も気を張って見張り始めたの。

 やはりご隠居に、外出をためらう様子はみじんも見えない。ここまでは青年の証言により、みかんを傷つけた一件のみが報告され、それ以外の現場は押さえられていない実情があったわ。

 物的な証拠なり、現場なりをしっかりおさえなくては。人々はじっくりと、ご隠居がそのしっぽを出すのを待っていたの。



 その辛抱が結実するには、三ヵ月の時間を待たねばいけなかったわ。

 犬猫の被害がなりを潜めて、十日あまりを過ぎたころ。たまたま村を訪れていたお武家さんが道を歩いていると、件のご隠居さんが正面からこちらへ来るところだったのね。

 外から来たお武家さんは、これまでの騒動をほとんど知らない。ご隠居さんの名も顔も把握しておらず、懐に差し入れている手だけはわずかに警戒しつつ、距離をとってすれ違おうと思ったのね。


 その瞬間、お武家さんはわずかに、自分の袖が引っ張られる感触を覚えたわ。

 視線を袖へ下ろす。つながっていた浅黄色の生地はわずかに途切れ、のぞく肌にはみみず腫れ。そう思えたのもわずかな間で、新たにのぞくは血の頭。あちこち抜け出た無数のそれらは、肩を寄せ合い一文字の傷へと変わっていく。

 ご隠居の手には、あの十手があった。かつてのにぶい銀色はどこへやら、その身は黄とだいだい色のまだら模様が浮かび、遠目から眺めたならば、虫なり蛇なりに見えたかもしれなかった。


 切り捨て御免。

 お武家さんの頭に浮かんだのは、無礼に対する体面の回復だけ。

 即座に抜き放たれた刀は、まさに電光石火の勢いで、ご隠居の胴へと吸い込まれていったの。

 が、斬れない。カイィィンと長鳴りを残して、お武家さんの刀はご隠居の身体に弾かれてしまったの。その大きい音を聞きつけ、少し遠目にいた人々も立ち止まって、何事かとこちらを見始める。


 わずかに目を見張ったお武家さんだけど、完全にひるみはしなかった。弾かれた勢いのまま、今度は大きく振りかぶり、ご隠居の首を飛ばすべく刀を一閃させたの。

 それさえ防がれた。重力さえ乗った刀は、弾かれこそしなかったけれど、ご隠居の首にわずかに刺さって止まってしまったわ。血のひと筋どころか、皮いちまいさえめくれたか怪しい、ほとんど刃が挟まっているような状態でね。


 お武家さんが戻すより早く、ご隠居はぐっと刀の峰をおさえ、自分の首へ押し付ける。引くことも押すこともできない、強い力だったとか。

 そうして力加減を測る間に、今度はご隠居の十手が走る。刀を手放せなかったお武家さんの右腕の袖が、すかっと切られた。またも露わになった肌からは、みるみる血が浮き出始める。

 先のような、緩い動きじゃないわ。みるみるうちに抜け出た血同士でつながったかと思うと、音も痛みもなくお武家さんの腕の一部が陥没した。

 お武家さん自身は知らずとも、それはこれまでのみかんや犬猫たちが見せたのと同じ。出かけた血は即座に乾いてしまい、まるで何年も前からそこにあったかのように、えぐれた痕が残されるだけ。

 今度こそ固まってしまったお武家さんの前で、ご隠居の十手が空を切る。真新しい血をくっつけて、赤く染まった先端に、ご隠居の口元が緩んだわ。


「ようやく、これでケリがつく」


 そうつぶやいたご隠居は、押さえつけていたお武家さんの刀をぱっと離す。そのまま十手を両手で握ると、流れるような動きでその先端を自分の腹へ向けたの。


 どっと、十手がご隠居の腹へ飲み込まれる。お侍の刀さえ弾くその胴体に刺さった十手を、ご隠居はぐっと肺近くまで持ち上げ、すぐ横。もう片方の肺まで達しただろうところで、再び下へと十手を動かした。

 水音はすれど、血液は出ず。四角く区切った肉の間から、やがてころりと転がったのは、黄色に輝く小さな石。握りこぶしの半分にも満たないそれは、黄色の身体を透かして、土がのぞけてしまうほどだったとか。

 ふぁさりと音がして、その石の上へかぶさってきたのは、ご隠居の着ていたあわせと羽織。その他は身体どころか、皮や骨、血の一滴すらもすっかり消えてしまっていたとか。


 遺体のない葬儀が終わり、かの石は遺族の下へ。晩年の息子の話では、父がかつて取引したものの中に、「手にしたはずなのに消えた」と語っていた宝石があった。この石は、それにそっくりだったらしいのよ。

 石は金庫に入れられ、一族が厳重に管理したそうね。けれど100年後に金庫を開いた時、石の姿はどこにもなかったって伝わっているわ。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 子どもの頃、時代劇ドラマが好きだったので「十手」と聞いて、とても興味を惹かれました! 特に、一対一の立ち回りシーンの描写は、素晴らしかったです! ちょっと、うっ……となる描写もありましたが、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ