塾の先生
私、今は高校生。満喫した生活を送っている。ある女子進学校に通っている。とは言っても別に偏差値が高いわけではない。そして私も、学校ではトップの方ではあった。去年まで私は女子中学校に通っていた。そこは中高一貫校で、別にほとんどみんな苦労せずに上がることができた。
実は私は高校受験をしたのだ。なぜ、受験をしたのかって?それは単純に大学に行ける環境が整っていなかったのだ。どういうことかというと、かつての女子中学校は進学実績が皆無で、勉強をまじめにする人がそんなにいなかったのだ。さらに、今は大学の試験の仕組みが変わっている。だから、みんな大学に行けるのかどうか不安がって大学の付属高校に行くようになったの。それは親が進めたことだった。はじめは乗り気じゃなかったんだけど、説得されるにつれて考えが変わっていった。
そして私は中2の時に塾に通い始めた。それが悪夢の始まりだった。その塾は担任制度があり、私の担任は「塚堂」という男だった。(名前も呼びたくないから以下、「アイツ」とする)彼は両親は好意的に思われたようだったが、私は彼から何となく嫌なオーラを感じていた。そして直感した。
❘(私はこの人とは合わない)❘
そして、それは的中した。最初こそは私に好意的に接していた。けれども、成績が下がると対応は急に冷めていった。成績が上がるとほめてくれたが、その時から私の不信感は決定的になっていった。そしてそれは中3に上がるとますます強くなった。
「私は別にお金が欲しくって君たちを助けているわけじゃない。」そう、彼は中3の最初の授業で言った。
そして私への対応が明らかに周りよりもひどくなっていったのだ。そして私は同じ塾に通っている弟にアイツのことを聞くことでついに信用を無くした。
―彼は弟の授業では怒らない、というのだ。
…私の授業の時には怒るクセに。何、「中2だから」怒らないの?「他学年だから」怒らないの?間違えたら怒るクセに。そりゃあ、塾の先生という職業はプレッシャーがかかるから大変なのはわかる。ストレスもたまる。でも、だからといって自分より弱い者に不満をぶつけていいわけじゃない。
―私はサンドバックになりたくて塾に通っていたわけじゃない。
私は彼が怖かった。彼は恐れと悪夢の化身でしかなかった。彼のそばにいると不安と恐怖で押しつぶされそうになった。いつ、殺されるか。彼の授業を受け、いや、彼に会うたびに思った。
そして、そんな状態のまま、中3の11月を迎えた。そこで、私は彼の本性を知ることになった。その月に私は志望校のレベルを下げることになった。その時から、私への扱いは一層ひどいものになった。私をますます、自分の都合の良いサンドバックにし始めたのだ。ここから、詳細はあまり思いだしたくないので、伏せておく。
そんな中、本番直前にアイツは思いがけないことを言った。なんと、彼は仕事の都合で海外に行ってしまうというのだ。それも、入試の直後に。信じられなかった。私はそれを聞くと、怒りのあまり口がきけなかった。
そして入試が終わった翌日のことだった。偶然にも私は塾の駅前でアイツにあった。あちらから突然、名前を呼ばれただけだった。
「大丈夫か?」
私は彼の顔を見ずに無視した。そんな無言の状態が30秒くらい続いた。一向に応えないどころか、目さえ合わせない私に彼は私の手を取ろうとした。その瞬間、私の中で今までこらえていた不満が爆発した。
「触んないでよ!」
乱暴にささくれた彼の手を払う。もはや、敬語を聞けなくなっていた。
「私のことなんて、どうでもよかったクセに!今更教師面しないで!」
信じていたのに。嫌いではあったが、それでも私は彼に自らの人生を預けていた。それなのに、彼は平然と私の人生を捨てたのだ。
「ねぇ、本当のことを言ってよ。どうせ、アンタはの上位の人以外はどうでもよかったんでしょ?」
「それは―」
「嘘つかないで!私はアンタに2年間騙されてきた。そうやって、私のためにやっていると言ったら、どうとでも、都合のいいようにできるでしょ!結局、自分の実績を高めたいだけじゃん!だから、志望校を捨てた私なんかどうでもよかったんだ!私のためとか言って、アンタはいつも自分のことばっかりだ!」
そう罵倒しながら、私は怒りだけが燃え盛る鋭い両目を向ける。
「だから、怒ったりするのは君のためなんだよ。」
アイツは一向に眉一つ変えないまま、淡々という。その態度に私はついに今まで胸中にためていた不満をぶちまけた。
「私はアンタのサンドバックになるために、塾に来ていたわけじゃない!アンタは…そっか、そうやって自分より弱い者が怯えている姿を見るのがそんなに楽しいんだ。人をいじめるのがそんなに楽しんだ。弱い者って、そんなに軽い存在なんだ。でも、私は違うの!意識がないサンドバックでも、アンタの実績の証明書でもないの…。」
途中から、声が濁る。私は頬に涙がつたっているのが分かった。悲しかった。彼を一度、信用してしまったから。人生を預けてしまったから。裏切られたら、悲しい。
「アンタは…そうやって、人の実績に寄生してしか生きられないんでしょ。」
「…すまなかった。」
「今更遅いわ。」
彼の謝罪を私は容赦なく拒絶した。もう、彼のいうことが信じられなかった。
「アンタの言葉なんて、偽善でしかないわ!教師以前に、人間として失格だ、アンタは‼」
寄生虫に人間の言葉なんて1㎜も通じないんだから、血圧をあげるだけ無駄だと、わかっていたのに私は声を上げてしまった。
私はキッと、彼を睨み付ける。これ以上話したって時間の無駄だ。虫に日本語が通じるわけじゃないんだからさっさと、こんなバカバカしい会話を終わらすべきだ。私はそう思い、茫然としている彼を尻目に去っていった。
そして、私は第一志望の高校に落ちた。結果は伝えなかった。そんなことを伝えたって虫にはもう関係ない。
―それが私の高校受験の体験だ。
私の人生なんて、何一ついいことなんてなかった。
ずっと、35年生きていてそう思っていた。人間であることを疑うほど天才ではあったが、それを除けば俺に備わった魅力なんてない。別に目をくらますほどの美しい容姿をしているわけでもなく、平凡な容姿。それに、性格も陰気な方かつ、無表情、無感動で愛想笑いなど一つできなかった。
俺は本当の母親と父親を知らない。俺は養護施設で育った。そこの施設長によれば、俺は35年前、日本ではないどこかの国で日本人の麻薬中毒の男と、日本人の飲んだくれの女との間にできた子供だったんだという。そんな両親だから、私はいらない子供だった。それから生まれて直後に父親は病気で死に、母親は親戚に私を預けた後、他の男とともにどこかへ移住したらしいがそれから、1か月後に事故で亡くなった。
親戚たちはやがて母国である日本に私とともに帰国した。その暮らしはひどいものだった。放蕩者の息子とあってか、殴られ、罵られるのは日常茶飯事だった。
しかし、ある日、俺に救いの手が差し伸べられる。悲鳴と泣き声に見かねた近所の住人が通報し、親戚と引き離され養護施設へ移り、そこから学校にも通い他の子どもと大して変わらぬ生活をようやく送ることができたのだった。だが、今まで味わってきた過去故に俺の性格はねじ曲がり、暗くて陰気な性格だったが、俺はいじめられることこそなかったが、みんなは俺を避けていた。
そんな中、俺はついに養父母に出会った。小6のことだった。その人たちは愛情深く、まるで実の子のように私をかわいがってくれた。聞けば、養母は子供を作ることができない体らしく、それでも子供好きな彼はあきらめきれずに私を引き取った、というのだ。その時間は…幸せだった。少なくとも、6年間は。
けれども、それは突如、終わりを告げた。養父母が突然、仕事に行く途中で飛行機の墜落事故にあって死んでしまったのだ。俺は家族を亡くしたが、もう年齢的には養護施設に戻ることもできずに、一人で生きていくしかなかったのだ。幸いにも、銀行の口座に養父母が振り込んでくれた多額のお金があったから生活には困らなかった。
やがて俺は有名大学に入学した。そこでも俺は幼い時と変わらないまま、暗くて陰気かつ、無表情で、不愛想な性格で生活した。相変わらず、友人と呼べる者は一人もいなかったが、別に友人など作る必要もなかった。学生はひたすら一心不乱に勉学にのみ励み、趣味と呼べるものさえ持っていなかった。だから、俺もひたすら、勉学にのみ励んでいた。
そんな単調な日々を過ごして、四年生になろうとしていたある日のこと。俺は将来の職のことなど眼中にもなく、何も考えないまま、そのまま大学院に上がるのだと思っていた。
だが、俺の学年、いや、今までの学生の中で一番優秀な俺の成績を見て教授は俺にこう言った。
「君、教師になったらどうだい?」
何を言っているんだ、と俺は呆れた。俺は金輪際、教師にはなりたくないと思っていた。俺は研究することに向いてはいるが、人に教えることには向いていない。
「私は教師という仕事は向いていないと思うんですが。」
俺は反論した。
「いやいや、ちょっと勉強さえすれば優秀な教師になれるよ。」
「…考えておきます。」
俺は教授の言葉に反論しなかったのは、ある人物が俺の頭に浮かんだからだ。
『君は君のままでいい。』『あなたなら、どんなことでもできるわ』
そう言っていた養父母。俺に人間らしい感情というものを与えてくれた人たち。実の両親を失い、血のつながった親族からはゴミのように扱われ、無表情、無感動、不愛想な秀才の俺を育ててくれた…。
そんな一人の人間を導く人間になりたいと俺は思っていた。教師なんて向いていないと思っていたが、俺ならなれるかもしれない。
そして、俺は大学を卒業後、高校受験対策の塾に就職した。そこで経験を重ねるにつれ、俺はすぐにたくさんの生徒を難関高校に送り出した。
だが、俺はその中で自分の命が実はもう長くはない、ということを悟っていた。
「残念ながら、もう長くはありませんよ。」
俺はかかりつけ医からそういわれた。生まれつきの病がすでに俺の身体を蝕んでいた。だが、その時に俺は特に苦しい思いをしなかったから気にも留めなかった。
『私のことなんか、どうでもよかったクセに!今更教師面しないでよ!』
一人の少女のことが思い浮かぶ。数日前のことだった。ベットの上に寝ている今、俺は考えていた。
『教師以前に人間として失格だ、アンタは!』
そうだ、失格だ。なんてダメな人間だったんだろう。
不意に視界が霞む。俺は自分の体に何が起こっているのか悟った。今日は…確か、入試の次の日だった。
自分の人生の中にいいことなんて一つもなかった。俺が心から笑ったことなんてあったんだろうか。
こうして、誰にも看取られず、惜しまれずに俺は死んでいく。
俺が最後に聞いたのは部屋の中で響く心電図のフラット音だった。




