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初戦闘

 目の前に、回避不能の刃が突き付けられる。

 でも私にはそんなものは目には入らず、その先にいる少女の紅の眼だけを見ていた。そんな私の目の端に影が映り込む。

「危ない……!!!」

「……わっぷ……!」

 突然、隣から強烈なタックルを食らい、思わず変な声が飛び出てしまった。おかげで刃を避けられはしたが、いったい誰がこんな無茶をしたのだろうか。あと私の視界の邪魔をするな。

「大丈夫か……!なんでこんな無茶なことしてんだよ……!」

 相手から話しかけられる。なんとなく聞き覚えがある気がする。声に対して興味のない私でも、もう耳に馴染んでしまったような。

 ていうか無茶とはなんだ。それはこっちのセリフだろう。

 とにかく、その相手の顔を認識するべく、そいつの顔があるだろう方向を向く。

「……オルグ……!?」

 そいつの顔を視認したとき、私が感じたのは驚きだった。

「……なぜ貴方がここに……!?」

 私は何も言わずに出たはず。というかこんな時間帯に起きていること自体異例だ。いつもは寝ている時間だろう。それに加えてなぜ外に出て私に追いついてきている?

「それはこっちのセリフだ!なんで勝手に出歩いてるんだよ!」

 オルグが怒鳴る。

 そこに、

「うー、んー?あんた誰かなぁー?初めて見る顔だけどもぉー?うんー?………例外、かな?」

 そうだ、今はオルグと言い合っている暇はなかった。自分よりはるかに上位の存在に命を狙われているのだ。こちら側に余裕なんてある訳がない。

 今、件の少女は何やらぶつくさとつぶやいて、攻撃の手を止めている。聞くと「異例」だとか「存在」だとか呟いているが、そんなことは私たちには関係ない。

 すでに戦っている以上、最善は目の前の少女を戦闘不能にして話し合える場を作ることだろう。もしくは朝になれば生き返るのだから、殺してしまうのもアリだ。なんにせよどれも一人では至難の業だが、二人ならばまだ何とかなるかもしれない。

 ある意味、彼女からすればこの殺し合いこそが「遊び」であり、「話し合い」であるのかもしれない。

 オルグに目配せをする。

 少なくとも最低限の攻撃手段を持っているのは私のナイフだけのはずだ。オルグの持ち物には有効な攻撃できそうなものは一つもなかった。

 もちろんこのナイフを手放す気はさらさら無い。仮にオルグであっても渡すつもりは一切ない。

 ならば決定打を打つのは私であるべきだ。だから、オルグには囮となってもらおう。

 オルグが囮で、私が隙を見て殺す。

 古典的で単純だが、幾度の戦いで幾度も使われた、割かし効果的な戦略。問題はそれをどうオルグに伝えるか、そしてオルグがどれだけうまく立ち回れるかだ。

 私の目配せに、オルグがうなずく。

 正直これだけで伝わったかどうかはかなり不安だが、私はオルグを信じて少し後ずさる。機ができたらいつでも離脱できるように。

「おい、お前!お前の攻撃はそんなもんで終わりか?」

 オルグが少女に話しかける。

「あー、えーっと、結局それで女一人殺せないんだから、お前のそれもただの鈍らだな!」

「…………………」

 一瞬沈黙が下りる。私も少女もオルグも黙りこくる。

 一応は私の思いは通じているようだが、もっとうまい話し方は無いのだろうか。挑発するにしても、もっと……なんていうか……こう、いい感じの話し方とか内容があると思うのだが。

 あれでは話し方もわざとらしすぎるし、挑発としては低レベルすぎやしないだろうか。少女を見ると、俯いて肩を震わせている。顔は見えないけどアレ、絶対笑ってるよ。

「鈍ら……?」

 しかし、それは私の見当違いだったようだ。

「あたしが鈍ら……?鈍ら……?違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う……ッ!!!!!あたしが鈍らなわけがない……ッ!あたしはギロチン……!鈍らなんかではやってられない……!重さと速さと鋭さで首を綺麗に断つ。それがあたし……ッ!だから、鈍らなんかじゃ、ない……ッ!!!!鈍らなわけがない……ッ!!!!!」

 少女が吠える。

 オルグの言葉は、その「鈍ら」という単語は、思いのほか彼女の胸に突き刺さったようだ。それは彼女の根底を揺るがし、もしかしたらその存在意義に触れるものだったのかもしれない。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……ッ!!!!!その首を一瞬の躊躇もなく自分で死んだと気づかないくらい一瞬で切断してやる……!!!手加減なんてしてやらない……!!!それであたしが鈍らじゃないってことを認めさせてやるッッ!!」

 だから、彼女は怒った。その顔はまるで羅刹のようで。ただただ純粋な殺意に満ちていた。

 一方オルグの方は、自分の言葉がここまで相手を怒らしてしまうとは思わなかったのか、若干驚いたような顔をしている。この間抜けが。

 と言っても、そんなことは私には関係ないので、少女の注意がオルグに向いているこのチャンスに私は静かにこの場を離脱することとした。


 ずらりと上空に断頭の刃が並ぶ。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!ひゃっはひひゃひゃっ!」

 先程までの怒気とは一転して、少女は嗤う。

 それを私は、少し離れたところから眺めていた。

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――ッ!

 刃が墜ちる。

「うぉぉわあああぁーーーー!!!!」

 オルグの情けない声が聞こえてくる。

 いや、まあ、その気持ちはわからんでもない。あんなにたくさんの刃が一斉に襲い掛かってきたら叫びたくなる気持ちはすごく分かる。正直生きた心地はしないだろう。私もさっきまでそうだった。それに今回は先程までとは違う。怒りも相まって落下速度も刃の出現速度も圧倒的に速い。

 それでもオルグは何とか避けられてはいるようだ。そこは生来の運動神経の高さだろうか。しかし、それもあまり長くは続くまい。多少は慣れた私でもアレをそう長く避け続けることはできない。おそらく戦闘慣れしていないオルグならなおさらだ。

 ここはできるだけ早く隙を見て仕掛けなければ。

 あとなにより、あの情けないオルグの姿は見てられない。

 廃墟の影を縫って、少女の後ろ側へ回り込む。ここまでは簡単だ。距離を結構とっているため、ばれないように回ることはそんなに難しくはない。

 あとはあの猛攻を掻い潜って接近しなければ。

 刃の落下は、少女を中心とした円状の領域に絶え間なく墜ち続けている。どれも同時に墜ちているわけではなく、そのタイミングはバラバラだ。手段としては別に複雑でもなく、ただ刃が墜ちているだけ。問題はその量だ。あの大量の刃を避けつつ、かつギリギリまでばれないように接近するのはなかなか困難だ。バレた時点でオルグを無視し、こちらにあの刃のほとんどを向けることとなるだろう。

 物陰で私は戦況をじっくりと観察する。

 いまだオルグは刃の雨から逃げ惑っている。

「殺す殺す殺す殺すーーー!!!!」

 嗤いながら少女は攻撃を繰り返す。

「ぐっ……!!」

 目を離した隙のいつの間にそこまで成長したのか、オルグはうめき声を上げながらも、その体捌きは先程と比べて格段に良くなっていた。

 ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――ッ!!!

 ひたすらに墜ちる断頭刃の隙間を、器用に縫って避ける。

 後ろへ飛び退き、横に転がり、寸前で止まって刃を避ける。すれすれの回避を一定の距離で行っていた。

 いつの間にか先ほどまでの無様な姿を見せることもなくなり、見違えるほどの勇姿を見せるようになっていた。

 オルグは囮としての役割をしっかりと果たしていた。

 しかし、最後の務めを果たすはずの私の方はというと。

 全方位に展開される刃の雨の中を潜り抜ける隙を見つけられず、少女の後方でひたすら様子を窺っていた。

――どうする。

 攻撃自体は単純なものだ。ただ、刃を上から下に堕としているだけ。だがそれ故にその物量に押され、威力に押され、隙を見つけられないでいた。

――何をやっているんだ、自分。

 オルグは自分の役割を把握し、精一杯に頑張ってくれている。あいつの方がはるかに大きい危険を背負ってくれている。

 私はただ、少女に接近してナイフを突き立てるだけ。簡単だ。危険もオルグと比べて少ない。

 ならばここで立ち往生している暇はないだろう。

 だから行こう、とは思うものの。

 いつ行けばいいのか、行って大丈夫なのかばれないか、つい不安になって引っ込んでしまう。

 危険があるのは当然で、最終的には絶対にやらないといけないのだけれども。

 目を細めて、観察を続ける。

 私があの中に入り込むには、その覚悟を決めるには、まだあと少し時間が必要そうだ。

――この、意気地なし。


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