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予兆

「あれ?」

 それはただの気まぐれ、ただの偶然だったのだと思う。特に運命なんて大層なものでは全然なくて、ただ少しだけ、目が冴えてしまって寝られなかっただけ。

 だが、それは確かに切掛けではあった。

「あいつはどこ行ったんだ?」

 俺たちは廃墟と化した適当な建物の中でも、かろうじてマシな建物の一つに毎夜泊まっている。ここに部屋なんて大層なものはないが、流石に可愛い少女と同じ部屋に二人きりで寝るのは俺が持たない。いろんな意味で。壊れかけだが、壁で仕切られた部屋まがいの空間なら存在する。というわけであの少女の反対は押し切って、場所を分けて寝泊まりしているのだが。

 流石に女の子の部屋に無断で入るのは忍びない。だが扉も崩れているこんなところでは見えてしまうのはしょうがないのだ。

 覗き見えてしまったその場所には、そこにいるはずの小さな身体の姿がなかった。

「気のせいか……?」

 割れた隙間からのぞき見えただけで、ちゃんと見えたわけではない。暗いから陰になっていただけかもしれない。だが、一度気になってしまったことは、胸の中でだんだんと膨らんでいく。

「……うーん……」

 どうしようか。入ってもいいものだろうか。

 覗き見るぐらいなら……?

 別にやましい気持ちなんて少しもない。ほんの微塵も。ただ心配なだけだ。それに、あちら側はこちらのことを大して気にしていないようだし。それはある意味では傷つくことでもあるけれども。

 うん、眠りを邪魔しない程度なら大丈夫なはずだ。

 そう判断すると、俺は少女の部屋の扉をそっと開けて、中を覗き見てみることにした。

「……そういや名前知らないな……」

 そんな関係ないことを考えつつ、暗闇に目を凝らす。

 今夜は月もなく、その暗闇はいつもよりも一層濃いが、星の明かりで何とか見えなくもない。

「やっぱり、いない……?」

 確かに、そこに少女の姿はなかった。初めは淡々とその事実を受け止めていたが、

「探しに行かないと……!」

 すぐに脳裏をよぎったのは、最初の日にいたあの少女と、首の切断された惨死体。

「どこに行ったんだよ……!?」

 嫌な汗が額を伝う。

 今にもまた、同じ惨状が繰り広げられているかもしれない。そうでなくとも、追われて、必死に逃げているのかもしれない。

――急がないと。

 俺はすぐに寝泊まりしていた廃墟を飛び出し、闇に包まれた、暗い暗い壊れた街へ駆け出していた。


 だが、飛び出した脚はすぐにぴたり止まった。

 考えなしに飛び出したからって、どうなるというわけでもない。感情だけで動くのは得策とは言えない。

「クソッ……!」

 初めて目覚めたあの日の夜でさえちゃんと考えて部屋を出たっていうのに、何をやっているんだ、俺は。

 まずは落ち着け、俺。

「スー、ハー……フー……」

 深呼吸をして気を落ち着かせる。

「まずは、そうだ!考えろ、俺!あいつはどこに行くと思う……!」

 出会ってからずっと、俺とあいつはほぼ一緒に行動してきた。この世界について知っていることもほとんど変わらないはずだ。それならば、あいつはどこに行く――!

「いや、だめだ!この世界について俺もあいつも全然わかってない!どこに行くか考えてもわかるわけがない……!じゃあ、次の問題は、何をしに行ったかだ……!」

 あいつの気持ちになって考えてみよう。

 そう思ってみたものの、そんなことわかるわけがなかった。あいつが何を考えているのかなんて俺にはさっぱりだし、何も話してはくれなかった。そんな俺が、あいつが何をしに出掛けるかなんてわかるわけがなかった。

「クッソ……!結局走り回るしかないのかよ……!」

 合流したからといってどうにかなるわけでもない。むしろ俺もすぐに殺される可能性があるのだ。

 でも、探さずにはいられなかった。理由なんてない。いや、あるのかもしれないがうまく言語化できない。

 とにかくあいつを探して、見つけて、一緒に無事に帰って。

 そのための行動をしなければ、落ち着けそうになかった。

 走り続ける。

 砂利を蹴る音が耳に届く。でもその音は規則的でなく、少し躓く度にその音が変化する。

 どれだけ走ったのか、もう足も疲弊しきって、震えが出始めている。それでもきっと思っているほどには長い時間は経ってはいないのだろう。不安とそれによる無駄な全力で、疲労が思ったよりも早く回ってしまっている。鼓動も無駄に速く打っている。

「どこにいるんだよ……!」

 声が漏れる。

 辺りを見回す。

 どこにいるのか、その心当たりもない。そんな中で闇雲に探し回っても成果は出なかった。それなのに、俺は無意識なのか、初めの日にあった、あの血の惨劇の場所に来ていた。

「ここは……?」

 ここに着いたからといって、何がある訳でもない。誰がいるわけでもない。早く彼女を探さなければならないのに、それでも俺は思わず立ち止まり、その痕跡を凝視してしまった。

 そこにはすでに何もなく、誰かが掃除でもしたのかというくらいには血痕は残っていなかった。唯一つ。壁に入った、横に細長い大きな傷だけがあの惨劇の残滓として残っている。

 あの時に見た無残な骸の姿を幻視し、壁に向かって一歩近づく。

「……こんな暇は無い……!」

 はっとしてかぶりを振り、意識を現在に戻した。今は一刻も早くあいつを探さなくちゃならないのだ。

「名前ぐらい早めに聞いておけば……」

 名前を呼びかけることすらできやしない。

 俺はふと、もう一度周りを見回した。

「これは……!」

 焦って周りの見えていなかった俺は、そこで初めて気づくことができた。


 そこに広がっていたのは新たな惨劇の跡だった。暗闇に包まれていてすぐには気づかなかった。

 一面に台形の刃と、それが刺さっていたのだろうか、大きさはバラバラであるものの、ちょうどその刃が刺さるような細長い穴が無数に広がっていた。しかし、刃は徐々に透明になっており、いくつかはほとんど見えないレベルとなっていた。

「もしかして……!」

 ここに、あいつがいたのか……!?

 耳を澄ますと、遠くで爆発音のようなものがかすかに聞こえるような気がしなくもない。

 フラッシュバックする紅と壁の傷跡。

 この刃はきっと、あの日と同じものだ。ならばこれの先に行ってみる価値はある。助けられるかはわからない。

 けれど。

 急ごう。きっと時間は無い。

 俺はこの刃の跡とかすかな音を頼りに、全速力で駆けだした。


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