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邂逅

 オルグと出会ってから数日。

 お互いこの環境には慣れてきたのか、特に何が起こるわけでもなく暮らしていた。

 朝起きて、昼はこの場所の手掛かりが何かないか探して、夜は寝て。

 それでも何もなかった。

 ここがどこなのか、なんであるのかの手掛かりはつかめなかった。まあ、それも普通といえば普通のことではあるのだろう。たった数日で世界の核心に触れられたと思うならば、きっとそれは真実ではなく。それは、ただの虚構以外に他の何物でもあるまい。

 だから、何もわからないことが普通なのだ。

 だが、分かったことが完全にないわけではなかった。

 それは例えば、オルグは「にほん」の「こうこうせい」で。そこはこんな朽ち果てた廃墟なんかではないらしくて。そもそもそこはこの世界ですらないらしくて。つまりオルグは「異世界人」らしくて。

 話し合ううちに、お互いのことはいくつかわかってきた。

 この世界のことなんて全くわからなかったけど。傍にいるものがなんであるか、それが分かるということは私の存在が決して独りじゃないことを証明しているようで。

 あの日に出会った、私以外の存在であるあの幼い少女の姿は、いまだ脳裏にこびりついていたが、あれ以来影もなくて。あれはもしかしたら夢であったのかもしれないと思って。

 だから、オルグの存在は私にとって一つの精神的支柱だった。

 私にとって今はそれで十分だった。何もわからなくても、誰かと一緒に入れるのであれば。それだけでよかった。

 世界のことなど、自分自身のことなど、そのうちわかればいい。

 私はそう考えていた。

 だから、それはただの気まぐれだった。


 その日、私は夜の廃墟に繰り出ていた。

 あの日以来の夜の闇。いや、今夜は月がないから、あの日よりも暗い闇夜。

 いつもは寝ている時間。暗くて周りもよく見えないし、一日目のように危ない目に出会うかもしれない。だから、夜は出歩かないことをあらかじめオルグと二人で決めていた。

 でも今は独り。オルグはいない。

 理由などは何一つとしてなく、私は廃墟の暗闇をさすらっていた。

 いや、理由が完全に無かったわけではない。

 私の頭には、あの死神のような少女の紅い眼が鮮明にこびりついている。

 あの紅をもう一度見たくて、もう一度触れたくて。

 確かに危険かもしれない。最初と同じように殺されるかもしれない。

 でも私は、なんとなくもう一度彼女に出会えるかもしれないという期待で少しだけ胸を膨らませていた。

 だから、気まぐれであってもその日の夜に同じ場所を歩いたのは、きっと運命で。


「おぉーっとぉ?おっひさぁー?」


 そこで出会えたのもきっと偶然ではなく、必然だった。

 声の方に振り返る。その影は、崩れてボロボロになった建物の上に立っていた。

 黒い外套の下にはゴシック調の上品なドレスが垣間見え、その紅い眼は闇に揺らめく。

 月明りもなく、星々のほのかな光だけが照らすその暗闇で、やっぱりその紅色は映えていた。

――ああ、また会えた。夢、じゃない。

「……うん、お久しぶり」

 旧知の仲であるかのように応える。

「じゃ、さっそく始めちゃおっかぁー?ねぇー?」

 そして、彼女が初めの日と同じように、手をかざしてナニカを仕掛けようとする。

 だが、

「……ちょっと待って欲しい。今日は別に殺されに来たのではなくて」

 私はそれを止めた。

 言葉での静止だけで、彼女が止まってくれる保証などはどこにもなかったが、どうやらおしゃべり好きっぽいし、その可能性は低くは無いとみていた。

 その結果はどうか。

「うーん?じゃぁ何をしに来たのかなぁー?」

 私の期待通り、少女はいったん手を下ろし、話に応じてくれた。

 最悪死んでも生き返るので、別に殺されてもいいとは思っていたが、すぐに話に乗ってくれるのは有難い。

「……いや、別に大切なことではないけど。ただ貴女と話がしたいなーと思って。ただそれだけ」

 私はただ、紅い綺麗なその眼をもう一度見たかった。その眼に私は魅入られていた。だから、彼女ともっと仲良くなりたかった。

 そのために話がしたかった。情報なんてものはすべて二の次。

 私と同質の存在の誰かが欲しかった。なんとなくオルグは違う。

 だから、ただそれだけの理由だった。

「えぇー?それなら昼間でよくないー?い・ま・はぁー……?」

 そう言いつつ彼女は、再び何かを仕掛けようとする。

「……いや、昼間貴女がどこにいるか知らないし」

 やられる前に早口で返す。

「うーん?そういえばそっかぁー?そうかも?そんな気もするねぇー?まあでも……」

 少女が再び手をかざす。

 今までの話から、この少女が私と話したくないわけではないことはわかる。だが、そんなこと今はどうでもいいということか。

 戦う術のない私には、彼女を打ち破ることはできない。それどころか、彼女から逃げることすら難しいだろう。何度も言うように最悪死んでもいいではあるが、それは最悪の場合。できれば避けたいところだ。

 だが、つかみ取るべきは最悪ではなく最善か。少なくともそれをつかみ取る努力はするべきだろう。

 そもそもこの場での最善とは何なのか。私は彼女と仲良くなって何がしたかったのか。

 とにかく、すでに彼女は殺す気満々だ。私には武器など小さなナイフしかないから、初めは何とか言葉で翻弄しながら、攻撃を避けていくしかあるまい。

「……私には今は殺しあう気はないって……」

「そんなことはいいよぉー?さあさあさあさあさあさあさあさあ!ちゃぁーんとあたしに殺されてねぇー♪」

 少女の上空に台形の大きな刃が形成される。

「じゃ、今夜も、死んで死なせて殺って殺られて!斬って斬られて剥いで削いで潰して!あたしたちの存在証明を果たそうかぁー?」

 私の頭上に、その刃が墜ちてきた。


 とっさに横に転がり、その刃を避ける。

「……ちっ、ほんとに殺る気だ」

 とにかく生き延びることを優先しよう。ここで殺されてその辺で朝を迎えるとかまっぴらごめんだ。そんなことしたら夜遊びがオルグにバレるし。目覚めた時に彼が気を失っていても困るし、最悪吐かれたりなどしたら非常に気持ち悪い。

 私は少女から離れるように走る。とにかく彼女の方が高所にいるこの状況を崩さなければ。今のままでは、唯一の私の武器であるナイフも届くわけがない。

 いや、それよりもそのまま逃げるべきか。戦闘に持ち込んで私が勝てるとは到底思えない。

「ほらほらほらほらほらぁー!逃げ惑うばっかりじゃぁ全然全くどう足掻いても殺せないよぉー?」

 少女はその場からほとんど動いていない。だが、刃だけはひたすら私の頭上に墜ちてくる。

 ダン、ダン、ダン、ダン、ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン――ッ!!!!

 爆発音のような刃の落下音が鳴り響く。

 話しかける余裕なんてない。

 走りながらよくよく見てみると、その刃は少女の傍から飛んでくるわけではなく、私の頭上に直接形成され、そこから真下に向かって墜ちてくるようだった。

 ダン――ッ!!!

「……くっ……!」

 目の前に墜ちてきた刃を、寸でのところで止まって回避する。

 地面から弾けた石片が私の頬を切る。

 悠長なことは考えていられない。刃は私の軌道を予測して「設置」されている。下手に動いて走り回ると、簡単にその刃の餌食となってしまう。

 転がって、つまずき、足も血だらけで駆ける。

 ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン――ッ!!

 予測され墜ちてくる刃を紙一重でかわす。見てから避けるのでは間に合わない。けれど見なければどこに堕ちるのかがわからない。刃の予測と自らの行動とその修正を組み合わせて、身をよじって刃を避ける。

 刃は一定のリズムを刻みながら、地を抉り、爆音をかき鳴らす。その音で刃が自らのすぐそばに迫っているような気すらして、死の恐怖をあおられる。

 しばらく走り続け。元の場所からは随分離れたとは思うのだが、刃は未だ飛んでくる。だが、その数は随分と減ってきていた。

 ある程度余裕が生まれてきたので、私は振り返り、少女がいた場所を見てみることにした。

 しかし、

「……!」

 すでにそこに少女の姿はなかった。

 どこに行ったのか。彼女の姿を視認しないままではどこから奇襲されてやられるかわからない。姿を消したということは今までとは違うパターンで攻撃を仕掛けてくるかもしれない。周囲への意識をさらに研ぎ澄ます。

 集中しろ、私。

 刃は時々私の近くに墜ちてくるだけで、その精度も頻度も悪くなっている。いまやそれを意識して避ける必要はない。それでもいつ先ほどと同じように正確な軌道で刃が飛んでくるかは分からない。

 まだ、全く気を抜けるような時ではない。むしろそれは、次に何をするかわからないという怖さが存在する。

 その時、

「ひへっひゃひははは♪よく避けるねぇー?でもそれだけじゃ、苦しむだけだよぉー?そ・れ・にぃー?そろそろあんたもなんか行動を起こすべきじゃないのかなぁー?」

 声だけが聞こえた。

 どこだ、どこにいる。声が聞こえるということはさして遠くにはいないはず。あちらからは見えているのか――。

「あたしはここだよぉー?」

 すぐ後ろから、声がした。

「……いつの間に――!?」

 考えている暇などない。早く離れないと――!!

 私が距離を取るべく、前方に飛びのこうとしたとき、

 ガクン、と。

 まるで水の中にでもいるかのような。身体に重りでも巻き付けたかのような。

 そんな、急に身体にのしかかる重み。

 うまく身体が――動かない――!

 完全に動かせないわけではない。ただ、身体の動きが緩慢になって、自分の思い通りの速度では動かなくなって。

 ゆっくりゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆ、っ、く、り――。

 でも、一瞬。どこか懐かしい感じがして。

 また、少しだけ「私」に近づけた気がして。

――ああ、でも。ここで私は一度死ぬ。それはきっと確かなことで。

 緩慢に振り返ると、あの日と同じ綺麗な紅に、私の意識は吸い込まれる。

 そんな私の目の端に、新たな影が映り込んだ。


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