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出会い

 何か、温かな夢を見ていた気がする。

 だがそんなこともすぐに忘れてしまって、辺りを見回すと、すぐそこには全く見覚えのない若い少年が倒れていた。

「……誰この人?」

 朝日はすでに昇りきり、辺りはすっかり明るくなっている。

 私はこの少年が誰かを思い出すべく、昨夜の記憶を探ってみる。

 昨日は、この寂しい廃墟を散策して、心が折れかけた時にあの少女に出会って。

 うん、やっぱりこの少年には微塵も心当たりがないな。

 こいつはいったい誰なのだろうか。

「う……ん……」

 そこで、少年が小さく声を上げながら、身じろぎをした。どうやらそろそろ起きるようだ。

 この少年が無害とは限らない。そろそろと私は少年から距離を取り、警戒しながら遠巻きに様子をうかがう。

「あ……ひ、人が、死んで……!」

 突然大きな声を上げつつ、勢いよく少年が起き上がる。

 それがあまりに突然のことで、私は思わず、びくりと体を震わせたが、相手には気づかれていなかったようだ。何事もなかったものとして警戒を続ける。

 少年はせわしなく辺りを見回している。

 しばらくして、私の姿を認識すると、その眼を見開いた。

「なんで……!お前……!」

「……?」

 なにを驚いているのだろう。私の顔がそんなに珍しいのだろうか。自分の顔を見たことは少なくとも今の記憶にはないため、その可能性は否定できないけど。

 それにしても、その動揺ぶりは尋常なものではない。

「死んだはずじゃ……!」

 死んだ?誰が?私が?何を言っているのか。

 もう一度昨日のことを振り返ってみる。

 少女に出会った後、彼女に見惚れていたらいつの間にか意識を失っていて。

 そういえば絶対に死んだと思ったのに、どうして私は生きているのだろう。

 ふと思い至って、私は初めにもたれかかっていた壁の方に目を移して、その後ろの壁を見てみる。

 そこの壁は、真っ赤に染まっていた。私がその壁にもたれかかった時に、首から上に相当するところが特に。ちょうど首のところには横に一閃、大きな傷が刻まれている。

 それは本来、衝撃を受けるべきところだったのかもしれない。だけど私はなぜか、それがそういうものとして自然と受け入れることができてしまった。

 そうか、私は死んだのだ。死んで、またここにいるのだ。

 なにも驚くことではない。何もおかしくはない。そういうものだ。

 なんとなくそれが当たり前なのだと、私は感じていた。

 きっと覚えていないだけで、もともとその記憶があったのだろう。きっと私の失われた記憶が存在しているのだろう。

 だって何もわからないんだったら、普通はこの少年のようにひどく動揺するはずだから。だって本来、死んだらそのままだから。

「どうなって……!?」

 少年は未だ混乱している。まだ事態がよく呑み込めていないようだ。

 どうしようか。手を貸すべきだろうか。

 今のままでは、普通の会話すらも困難だ。少なくともこの混乱を鎮める必要がある。

 そう判断した私は、ひとまず少年を落ち着かせることにした。

「……この血の紅色、とっても鮮やかで綺麗だよね」

「は……?お前……何言ってるんだ……!?」

 気の利いたことを言ったつもりなのだが、どうやら逆に困惑させてしまったようだ。

「そうか……!夢……?夢か……!昨日のは夢だな……!きっと映画かなんかで……!」

「……?」

 なにを言っているのかわからない。夢?えいが?一体全体何の話をしているのだろう。私が死んだのも事実で、生き返っているのも事実で。

「……驚くのはわかるけど、まずは落ち着いて」

 なぜ現実を受け入れられないのだろう。それはとても愚かと言わざるを得ない。

「……貴方が見たものは現実。私は死んだ。それが事実。貴方は何も間違ってはいない」

 静かに、諭すように少年に話しかける。

「だったらなんでお前は生きてるんだよ……ッ!!」

 だが、少年は声を荒げて叫んだ。

 私は現実と事実を伝えただけであるのに。何を怒鳴ることがあるのだろう。でも、聞かれたのであれば答えなければなるまい。

 だから、伝えた。


「死んでも朝には生き返る。それが現実。私は死んだ。でも生き返った。それだけのこと」


 それだけの、とてもつまらないことなのだ。

 私の記憶に明確にあったわけではないが、現状から考えられる結論と感覚でそれを告げる。

 この世界における「死」は、最期に訪れるものではない。ただの通過地点。睡眠と変わらない。頭ではなく感覚でそれを理解する。

 それは本来ありえることでもないかもしれないが、異常なことでもない。どこまでも普通なただの現象。

 ただ、それだけなのに。

「何を……言ってるんだ……?」

 なんでこんなにも理解が追い付かないのだろう。私でもすぐにわかったのに。

「……ほら、貴方は死んだ私を見た。でも今私は生きてる。だったら、そういうこと」

 幾度目かの同じ説明を繰り返す。

「……ちょっと待ってくれ。少し整理する時間をくれ」

 だが、その甲斐があったか。先程よりはずっと落ち着いて話ができるようになっていた。思考の整理をする時間ぐらいはあってもいいだろう。

 少年がしっかりと物事を考えられるようになるまで、私は待つことにする。


 待つこと数分。

 私は私が先ほどまで死んでいた壁にもたれながら、少年を待つ。

 やっと現状を理解し始めてきたのか、少年の目の震えがおさまってきた。やっとか。それにしても少し長すぎやしないだろうか。

「……理解した?」

 落ち着いてきた少年に声をかける。

「ああ……何とか理解したよ」

「……よかった。これ以上理解に時間を要したらどうしようかと思った」

 正直そろそろ置いていってもいいかと思い始めてたところだ。

「つまりだ。要はここでは死んでも生き返るという認識でオーケー?」

「……だから何度もそう言ってる」

 ここまで時間をかけて、たったそれだけの理解なのか。もしかして、馬鹿なのではないだろうか。

 やっぱり置いていこうかな。

 まあ落ち着いた分、事態が進展したものだと思おう。

「……それで、貴方の名前は?貴方は誰?ここで何をしていたの?目的は?」

 ひとまず落ち着いたということで、矢継ぎ早に質問を繰り出す。

「俺は……」

 ここで少年は言葉を止める。

 どうした。そこで止める意味は無いだろう。

「……早く」

 途中で止められるのは気持ちが悪くて、続きを急かす。

「俺は……えー……」

「……何か答えられない理由でもあるの?」

 ここまでもったいぶられるのは何か理由があるのかもしれない。とにかく何かしら言ってほしい。

「えっとー、あー……実は……」

 ここで再び言葉を止める少年。だがその顔は先程までの難しげな顔ではなく、なにかを突然理解したかのような顔だった。

「俺はオルグだ。日本から来た。ところで、ここはどこなんだ?」

 先ほどまでの歯切れの悪さは無くなり、急に流暢に話し始めた。

「……そう」

 少年改めオルグの話し方にはいくらかの疑問点は残るものの、会話が続いたことにとりあえずは安堵する。

 だが、その内容にはもう一つ疑問点がある。

「……にほんってどこ?」

 少なくとも私にはその言葉に聞き覚えはない。そこから「来た」ということは、どこかの場所の名称なのだろうが、それがどこかということには全く心当たりがない。

 私の口にした疑問に対し、少年が目を見開く。

「日本を知らない……?言葉は通じるのに……?いや、でもここが本当にそうなら……」

 何やらつぶやいているが、分からないものは分からない。だが、その「にほん」を知らないということに、私には少しだけ心当たりがある。

「……私は今記憶がほとんどないから、だから知らないだけかも」

 私には自分がなんであるかということ、それ以外の記憶は全くない。私が「にほん」を知らないのも、それが原因であるなら頷ける。

「……私以外なら、もしかしたら知ってるかもしれない」

 それはただの希望的観測にしか過ぎない。例えば私を殺したあの子が「にほん」を知っているとは限らない。

 私は可能性を提示しただけだ。

 だがそれは、このオルグという少年にいくらかの希望を与えたようだ。オルグの顔色が幾分か明るくなった。

「そうか!それなら……!」

「……それで、ここで何をしていたの?」

 オルグの言葉を遮り、次の質問に移る。

「……私が目覚めた時、貴方はそこで倒れていたのだけど、それまで何をしていたの?」

 ことと場合によっては、私に害なす存在として、然るべき制裁をする必要があるかもしれない。どのように制裁を下すかはまだ考え中ではあるが。

「いや、それは……」

 また、オルグが口ごもる。

 なんだ、こいつは。質問の度にいちいち立ち止まらないとしゃべれないのか。面倒くさい。

「俺はただ……あんたの死体を見て……それで……」

「……それで気を失った?」

 私の言葉に、オルグは無言で頷く。

 はあ、と私は溜息をつく。

 きっとこいつは私の敵にはなり得ない。少なくとも今のままでは。言動、発言があまりにやわすぎる。死体を見て気を失ったり、蘇生しているのを見て激しく動揺したり。「死」なんてものは日常茶飯事だろうに。なぜそんなに耐性がないのか。

 はあ、ともう一度溜息をつく。

 だからこれは英断だ、きっと。

「……私も貴方もこの場所について、なんも知らない。だから……」

 一拍間を置く。

 私は独りではだめだ。独りでは立ち上がれない。

「……だから、これからしばらく。一緒に行動してほしい」

 役に立ちそうもないし、いちいち面倒くさいし、とてもメリットがあるとは思えないが。

 だが、それでも。

 私は誰かと一緒にいることを、誰かと並んで歩くことを求めていた。


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