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もう一つの目覚め

 俺が目覚めると、そこは廃墟だった。

「ここは……どこだ……?」

 体を起こしながら、辺りを見回す。

 そこは朽ちて、ボロボロの廃墟と化した建物の一部屋だった。硬い地面に寝転がっていたせいで、体の節々が痛い。

 気づいたら見覚えのない場所で寝ているというこの状況に俺の頭は混乱する。

「えっと……俺は今まで何をしてたんだったか……?」

 とりあえず状況を整理してみよう。

 まず、俺は日本の高校生の……。

 ここで初めて気づく。

「あれ、俺の……名前は……?」

 自分の名前を思い出せない。

 俺がどこに暮らしていたのかも、家族構成も、友達も、彼らの名前もすべて思い出せるのに。最も身近で、誰よりもそれを知っているはずの自分の名前が出てこない。

「あれ……?どうなっているんだ……?」

 ほかの人の名前が思い出せるのに、自分の名前だけが思い出せないなんてことがあるはずがない。

 何よりも身近なものが思い出せず、焦りが滲む。誰よりもそれを知っているはずなのに、それを失くしたことに不安が募る。

 俺は誰だ。思い出せ思い出せ思い出せ。名前、名前、名前名前名前名前――?

 いくら考えても、適当な単語で連想しようとしてみても、全く思い出せない。人間にとって最も大切なものの一つのはずの、自分という存在を示すただの文字列。それが分からないだけで、俺の心にぽっかりと大きな穴が一つ空いているようだった。

 幾ばくかの思考の後、疲れて思わずため息をつく。だがそのおかげで、幾分か頭がすっきりした。

 名前を思い出せないことで、すっかり混乱してしまったが、所詮はたかが名前じゃないか。ただのラベルと同じような物。大丈夫。思い出せなくても。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫。

 自分に言い聞かせる。深呼吸して、頭を落ち着かせる。

 ほかのことから思い出そう。

 俺は日本の男子高校生で、ここはどこかの廃墟。眠る前にどこにいたのかは覚えていないが、目覚めると見覚えのない場所に寝かされていた。順当に考えると、なにかの犯罪に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう。

 だが、辺りに人の気は微塵もないし、俺の体を拘束しているようなものも何一つとしてない。普通は縛るなり見張りを立てるなりするものではないのだろうか。

 困惑しながらも、壁に大きく空いた穴から、外の様子を覗き見ることにした。

 この建物は周りよりも幾分か高いこともあって、周りがよく見渡せる。

 月に照らされて、そこに広がっていたのは、一面の灰色の廃墟だった。


「ここはどこなんだ……?」

 辺りを見て、浮かんだ思いはそれだけだった。

 こんな大規模な廃墟、日本にある訳がない。あったとしても、少なくとも俺は微塵も聞いたことがない。

 ならば、ここはどこか異国なのだろうか。

 その可能性は充分にあり得る。

 どこかの紛争地域だったりしたら、このような廃墟があることもうなずける。人の気がないのは真夜中だからなのかもしれない。

 だが、それならなぜ俺はここに連れ去られたのだろう。

 それに、そんなところに連れ去るぐらいなら、見張りや拘束をしてない意味がなおさら分からない。

 訳の分からない状況を打破するための、ある一つの行動が頭をよぎる。

 実行するか。

 いやそれは危険かもしれない。どこにいるのかも、どんな場所かもわからないのに、それを実行するのは。もしかしたら今以上に悪い状況に追い込まれる可能性すらある。

 しかし、俺は動けない状況ではない。行動の自由は与えられている。

 ならば、危険でも実行するべきではないか。これ以上悪い状況になど、そう簡単にはなるまい。

 決意はしたものの、いざ実行するとなると、不安と恐怖と緊張で足が震える。もしかしたら、この部屋を出た瞬間にどこかに隠れている見張りにでもハチの巣にされるのかもしれない。

 悪い想像ばかりが膨らんでくる。

 でも、何もわからないままにここでじっとしたままなのもいやだ。

 だから俺は、この部屋を出て、廃墟の街に繰りだすことにした。


 考えを決めたからといって、すぐに行動に移すのはただ愚かなだけであろう。

 まずは役に立ちそうなものを、この部屋から探してみる。

 俺の着ている物は適当な私服。ただのジーンズにただのTシャツ。その上に羽織っているただの黒パーカー。何か特別な機能がついているわけでもない、普通の高校生が普通に持つ一品だ。まあ、リバーシブルだからそれが唯一の特別な機能と言えるだろうか。

 ポケットに何か入っているわけでもなく、できるとすれば、裾を細長く切って、包帯の変わりにするとかだろうか。それも今は特に必要ない。

 では周りにはどうだろうか。

 辺りは瓦礫の山で、俺が倒れていたところがかろうじて、きれいにされているぐらいだった。

 しかし、だからこそ見つけることができた。

「あれは……!」

 俺が倒れていたところの傍らに、リュックが一つ置かれていた。

 それには見覚えがあった。

 俺がいつも使っている愛用品。教科書を入れたり、遊びに行くときも色々入れたりしているものだ。

「おお、おお…!これは俺のもんじゃないか!」

 ちょっと感動して、思わず声が出る。

 こんな異国の地で、まさか自分のものが転がっているとは。誰が連れてきたのかは知らないが、せめてこれだけでも持ってきてくれたことは感謝すべきところだろう。

 早速中身を見ることにする。

 といっても中身はスカスカで、ろくなものが入っていなかった。財布、スマホ、イヤホン、幾分かの上着などなど。スマホは使えるかと思ったが、充電されていなくて、全く使えない。財布やスマホはともかく、服などは修学旅行の時ぐらいにしか入れないのに、どうしてバックにそれが詰め込まれているのかはわからない。

 今の状況でかろうじて使えるものと言ったら衣服ぐらいだろうか。それ以外のものは、どう使うか今のところは見当もつかない。

 この場にあるのはこのくらいだろう。

 遂に覚悟を決めて、外に出ることにする。

 これからが俺の旅だ。すぐに終わってしまうか、それとも続いていくか。そんなことは俺には知る由もない。

 それでもなにかを変えるべく、俺は壊れかけの扉を押した。


     *****


 案外、旅は順調なものだった。

 俺に害意を向ける者に出会うこともなく、それどころか他人に出会うことすらない。

 紛争地域だと思っていただけに、どこかしらに見張りの一人や二人、ある程度の人間がいると思っていたが、そんなことは無いらしい。

 実際行ったことがある訳でもないので分からないが、意外と現地の夜はそんなもんなのだろうか。思っていたよりも静かだ。

 とりあえず情報を求めて、俺は歩き続けた。

 もしかしたら、今紛争中の場所ではなく、すでに終わったところなのかもしれない。とりあえず人がいれば、そのようなことを聞けなくもないはずだが、その人間がいないことにはどうしようもない。

 もちろん言葉が通じない可能性もあるが、まあ、きっと何とかなるだろう。少なくとも英語であれば少しは話せる。人に出会ったらそれでどうにかしよう。もっとも、人に出会えばの話だが。

 人気のない、静寂に包まれた廃墟をゆっくりと歩く。

 景色は代り映えなく、どれぐらい歩いたのかもわかりづらい。

 それでも歩く。


 どれだけ歩いただろうか。

 腕時計は別につけていないし、スマホも充電切れのために時刻が分からない。せいぜい30分ぐらいの短い時間な気もするし、もう3時間ぐらい歩いた気もする。

 体力もだんだんと削られていって、精神もそろそろ限界を迎えようと言わんばかりの時だった。

 ダン、と。まるで何かが爆発でもしたような、そんな音が近くから聞こえた。

「……え、なんだ!?」

 突然の爆音に、驚いて声が漏れる。

 よくわからないが、なんの気配もなかったこの廃墟の街に、なにかの存在を感じたのだ。

 きっと危険なのだろうが、俺はそこへ行ってみることにする。

 走って、音のもとへと向かう。

 正確な位置はわからないが、割と近くから聞こえたし、大体この辺りのはずだ。場所の見当をつける。

 建物の角を曲がろうとしたとき。

「何だったんだろうねぇー?この子はさぁー?」

 誰かの声がした。

 思わず建物の陰に身を隠す。

 その声は、どこかあどけない小さな少女のような声で、この場所にはあまりに似つかわしくない声だった。

 息をひそめて、耳を澄ます。

 足音が十分に遠ざかっていくのを聞き終えてから、俺は建物の陰から身を出した。

 ここで、ふと思った。

 なぜ俺は、あんな小さな少女のような存在から隠れていたのだろう。むしろ、この場所について聞いてみるべきだったのではないだろうか。このような廃墟に不釣り合いな幼い少女の声であったとはいえ、その声はむしろ慣れた様子すらあった。なんでもいいから情報が欲しい自分にとって、彼女は希望の細い糸だったのではないだろうか。

 しかし、そんなくだらない疑問は次に目にした光景で、すべて吹き飛んだ。


 それは、紅い華だった。紅い、紅い、彼岸花。


「う……ぐっ……」

 思わず口を押える。

 そこには少女の身体が壁に寄りかかっており、しかしその首から上は紅く染まっていてよく見えない。

 いや、そもそもその首は、あるべき位置に存在していなかった。

 ソレは、地面を真っ赤に染めて下に転がっている。

 花びらのような深紅は、壁に降りかかった鮮血で。

 誰がどう見てもその少女は、死んでいた。殺されていた。

 吐き気がこみ上げる。

 誰が、なんで、どうやって、こんな――。

 まさか、あの少女が。

 馬鹿な考えだ。でも、なんとなくそれが不可能ではないと、理論ではなく感覚でそれを感じた。

 頭がくらくらする。ここは真っ赤だ。凄惨な事件現場だ。これは、どうあっても許されることではないだろう。

 ああ、どうなってんだ、ここは。

 混濁する意識の中、鮮血の紅だけが目に残って。俺の視界は暗闇に落ちた。


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