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時々、感じるようなこと  作者: 舞夢
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サヴォナローラの乱

サヴォナローラはドミニコ会の聖職者で、15世紀末、ロレンツォ=ディ=メディチがフィレンツェに招き、サン=マルコ修道院で活動していた。


次第にメディチ家の独裁政治やローマ教皇の腐敗、ルネサンスの華美で軽薄な風潮に反発し、厳格な信仰に戻るべきであると考えるようになり、教会の説教を通じて民衆を煽るようになった。


そして、イタリア戦争に乗じて、フランス王シャルル8世がフィレンツェに入城してメディチ家を追放すると1492年から1498年まで実権を握って、「虚飾の焚刑」と称して美術作品や焼き払うなど厳しい神政政治を行った。

※「虚飾の焚刑」:堕落の元凶として裸婦を描いた絵や楽器を没収し、あつめて焼き捨てた。

 

しかし厳しすぎる神政政治は、最後は民衆の支持を失い、対立していた教皇アレクサンデル6世によって異端判定、破門され、彼自身が焚刑に処せられた。



以上がサヴォナローラの乱の概要である。

「神の前に正しい」として、禁欲、清廉を貫き、虚飾を磔刑にしたとしても、人々はサヴォナローラを焼き捨ててしまった。

彼の行為が、本当に「神の前に正しい」かどうかは、人間が判断することではない。

判断できるのは、神だけである。


七つの大罪の第一に「ゴウマン」がある。

自らの語ることを「神の教え」として押しつけ、人々が愛する美術品を磔刑にすることは、「ゴウマン」と捉えられたのかもしれない。


尚、サヴォナローラの磔刑の後、18年後、メディチ家は、復活。

更なる繁栄を築くことになった。

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