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幻遊剣士~理想と現実の狭間に~  作者: 想兼 ヒロ
第四章 流星は混迷の闇を切り裂いて
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第42話 背負う覚悟

「忘れ、なければ?」

 マリアの声は震えている。少しだけ光が戻った瞳は、それでも不安に揺れていた。


 シルクはそんな彼女の迷いごと受け止める気持ちで、力強く(うなず)いた。


「僕はこれからも理想を追い求める。その道中で、たくさんのものを取りこぼしていく。それが現実だ。そんなの分かっている」

 そこまで一息で言い切って、シルクは首を横に振る。

「それでも、僕は僕の理想を裏切れない。足を止めるわけにはいかない。進むしか、ないと思っている」


 シルクはまっすぐにマリアの目を(のぞ)()んだ。その目に映るシルクの顔に迷いはない。

 彼女を置いて、家を出ると決めたとき。貴族の責務を捨て、剣の道を選んだとき。そのときから、シルクの覚悟は決まっている。


 シルクは拳を握りしめた。強すぎて、爪が刺さる痛みを感じるほどに。


「だから、忘れない。僕と同じ道を進み、倒れた者の(おも)いを。僕は、彼らを一緒に未来へ連れて行く」


 この理想を(かん)(すい)する。そのために、己が背負うべきものは全て背負ってやるのだと。たとえ、そんなものは自己満足だと笑う者がいても。

 それが、自分の責務だと、シルクは胸を張る。その決意は、瞳の奥に揺らがぬ炎となって燃え上がっていた。


「連れて行く……未来へ」


 シルクの言葉を、マリアは繰り返す。そして、思った。かつて、これほどまでシルクの本心を聞く機会があったろうか、と。


 いつも、シルクは苦しんでいる姿を見せなかった。家を出て軍人になるという決意を口にした時も、これが今生の別れになるかもしれないのに笑っていた。きっと、そのときから色々と悩んでいただろうに、マリアは気づけなかった。

 彼が家を出た日、ただ、自分が悲しいだけでシルクの(おも)いを考える余裕がなかった。それでも、今なら分かる。


 マリアは涙を拭った。震えを押し殺すように、強いまなざしでシルクの視線に応える。


「兄様、私も背負います」


 瞳には光が戻った。マリアの(おも)いだって、シルクには負けていない。シルクが背負うというのなら、自分はそれを支えるのだ。自分が背負うものだけで、つぶれるわけにはいかない。

(私は、兄様の隣にいます。許されなくても、構わない)


 シルクの背中を追うと決めた。たとえ、それが(いばら)の道であろうとも。マリアは己の決断に後悔は無い。


 平和であろうとも、ただ(まも)られるだけの姫でいる未来をマリアは選ばない。シルクがこの国を(まも)る剣になろうとするのなら、自分は彼を支える(つえ)となるのだ。そう決めて、叔父であるアルビス公爵を説得し、星神教会の扉を(たた)いた。

 そうやって、ここまで来た。ようやく、シルクに並べた。そして、彼が自分の本心を見せてくれる位置にまで来た。


「未来から嘆く声が聞こえます。私は、その声を救いたい」


 目を閉じて、胸に手を置く。鼓動は早鐘を打っている。しかし、それは先ほどまでの不安とは違う、高揚から生まれるもの。

 目を開く。マリアの紫の瞳が、強く輝く。


「助けられなかった人を、私は忘れません。一緒に、未来で待つ人を助けに行きます」


 そんなマリアの真剣なまなざしを受けて、シルクは(ほほ)()んだ。


――どうか、私を(そば)に置いてください。


 マリアがこの北部までやってきた、あの日。幼かった彼女の表情しか知らなかったシルクは、その強烈な意志の強さに頭をぶったたかれた。その(きよう)(がく)は、忘れることができない。

 そして、同時に、美しいと思った。そんなマリアの表情が、今目の前にある。


(もう、大丈夫そうだな)

 シルクは内心で胸をなで下ろしていた。



 去って行くマリアの背中を見送る。その足取りは軽く、それでいて、地にしっかりと足がついていた。

(僕も、自分の仕事を何とかしないとな)

 人捜しを再開しよう。そう思って、歩き出そうとした瞬間。


「シルク」


 背中から声をかけられた。そこには探していた者の顔が合った。


「アゼル」


 君を探していたよ、そう口に出そうとしたシルクから言葉は続かなかった。

 まるで、戦場にいる時のような険しい目。アゼルは、シルクに勝負を挑んでいるがごとく、にらみつけていた。

 いったいどうしたのだろう。シルクはアゼルの言葉を待つ。


(……決めたってのに、いざ言おうとすると急に緊張するもんだな)


 アゼルはちらりと自分の右手を見た。そこには、赤い跡が残っている。少しだけ切れて、血がにじんでいた。



 シルクがマリアと言葉をかわしていた時。実はアゼルもシルクを探して、彼の部屋まで来ていた。深刻な会話を、盗み聞きするつもりは無かったが、最後まで聞いてしまった。

 二人の覚悟を聞いて、思ったのだ。自分は何て、ちっぽけなことで悩んでいるのだろうと。

 部屋から少し離れて、アゼルは胸元からペンダントを取り出した。星をかたどったそれは、光を浴びて不思議な輝きを放っている。

 母の形見だ。育ての親であるシスター・ルトルに預けていて、今はアゼルが持ち歩いている。


 目を閉じる。頭に(よみがえ)ったのは、雨の光景。その雨にかき消されないほどの、血の臭い。そして、その中央で力尽きていた、母の姿。

 美しい黒髪は返り血と自身のそれで汚れ、その肌色が、彼女の命がすでに無いことをアゼルに告げていた。


(お袋のこと、吹っ切れたと思ったんだけどな)


 ペンダントを強く握りしめる。あまりに強すぎて、その先が手のひらに刺さった。その痛みは、アゼルの心に決意を刻み込む。

 母を失った記憶を、これから訪れる運命を、手の中に閉じ込める。


(そうだな、俺も背負うか)


 そして、連れて行こう。母親の思いを。そんな覚悟を持って、アゼルはシルクの元へと戻っていった。



 そして、今、シルクと(たい)()している。口に出してしまえば、全てが変わる。そんな言葉を胸に秘めて。

 シルクは、ただ黙ってアゼルが口を開くのを待っている。


「なぁ、シルク。一つ、確認したいことがある」


 アゼルは()()くような視線をシルクに向けた。臆せず、シルクは(うなず)く。


「あの金色の災い、そいつを一体、俺が一人で相手をする。それができたら、策はあるか?」


 シルクは目を見開く。予想外の言葉に、閉じていた口が半開きになった。

 しかし、思考は(ほう)けることなく回り始める。


 アゼルは根拠の無い自信を持たない。彼ができるというのなら、本気で煌眼獣と戦えるというのだろう。そこに疑いは無い。彼は、けっして勝算の無い戦闘をしない。


 しばらく、沈黙が二人の間を満たした。やがて、シルクは小さく(うなず)いた。


「もちろんだ」


 迷いの無い返事。それだけで十分だった。消えることの無い(ともし)()が、二人を導いている。

「じゃあ、よろしくな。大将」

 アゼルは口端を(ゆが)めて笑った。

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