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幻遊剣士~理想と現実の狭間に~  作者: 想兼 ヒロ
第四章 流星は混迷の闇を切り裂いて
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第39話 魔の襲来

 シルク達の離反を契機に一気に終息へ向かうかと思われた北部解放戦争。しかし、その終わりは(いま)だに見えていなかった。


 北部と中央の境界線にあるフェルデン(とりで)の攻防は激しさが増していた。中央のヴェレリア正規軍は本来中央の防衛にあてるべき戦力も、(とりで)の奪還に費やしている。敵は王国だけではない。王国は、王へ忠誠を誓う周辺の貴族領にも兵士の派遣を要請していた。アルテ族を中心とした北部解放軍は地の利を()かして防衛をし続けていたが、疲弊は明らかだった。

 そんな中、解放軍も中央との戦いだけに集中できない事情を抱えていた。長く続いている戦争状態、膨れ上がった人員は本来王国憎しで団結していたはずの感情をも分断させていた。

 北部を割譲する案をのませるために王国と交渉しようとする穏健派、ティエール諸王連合トルテに領土を明け渡し後の戦争を任せる譲渡派、そして、中央に打って出て完全な革命を成し遂げようとする強行派である。

 もともと、王国がここまで北部に執着するとは考えていなかったリチィオも頭を抱えていた。決断の時は迫っている。


「え、あいつ、帰ってこないの?」


 そんな解放軍に妙な一報が飛んでくる。かつて、北部を実質支配していたヴェレリア北部軍の大将、オットマー。彼の妻子が住む家から兵士が帰ってこないというのだ。

 監視対象にあったオットマーの家は、彼に悪感情を持つ者が暴挙に及ぶ可能性を考えて、比較的王国に近かった兵士がその任についていた。護衛も兼ねているのである。


(まさか、あいつに限って変なことしてないと思うけど)


 もちろん王国に思うところがあったから解放軍に参加しているわけで、彼もオットマーには石を投げてやりたい気持ちがある。とはいえ、オットマー個人に対する感情と家族は別だ。

 今、帰ってこない者もそういう人間だったはずだ。仕事と感情を切り離せる人間は少ない。だからこそ、しばらく同じメンバーでこの仕事をしているのだが。


「帰ってこれない事情がある、とか」

 報告をしていた者が何となく口にした言葉を聞いた瞬間、ぞわり、と背筋に何かが走った。嫌な予感がする。ただでさえ、中央の軍が山をこえ、騒ぎを起こした事件があったあとだ。


「じゃあ、俺、偵察がてら見に行ってくるよ」

「気をつけろよ。上にも報告しとく」


 彼は足早にオットマー宅へと向かった。念のため、いつもの簡易なものとは違い正規の武装だ。勘違いだったら、それでいい。

 しかし、早々に、自分の悪い予感が真実になっていることを悟るのだった。


「臭い……」

 思わず鼻をつまんだ。腐ったような臭いが周辺に充満している。この辺は元王国の邸宅が並んでいるから人気はもともとない。ないのだが、まるで命を感じない世界が広がっている。

 全てが、この腐臭で塗り固められていた。


「まさか、な」

 角を曲がる。臭いが強くなった。再び、予想通り。目的地に向かうほどに臭いがきつくなる。

「あっ」


 目を見開いた。邸宅の門の前で、一人の男が倒れている。駆け寄ろうとした、が、そこで立ち止まった。

 小さく首を振った。そして、手にした(やり)を構える。こんなものでどうにかなる事態ではない、と分かってはいるが無いよりはましだ。


(それに何も成果を得られなかったんじゃ、あいつも浮かばれない)


 倒れていたのは探していた男。そして、遠目でも彼が絶命しているのが分かった。

(しかし、何て死に方だ)

 その体は、えぐられたように左の肩から腰にかけてが削られていた。周囲を赤く染め、体はその赤に沈んでいる。


 こんなのは人間の所業では無い。この戦争でたくさんの仲間を失った。体が戻ってこなかった者もいる。

 それでも、この姿は無いだろう。何とか、彼をちゃんと葬ってやりたい。


 じりじり、と前に進む。周囲を警戒する。ここで背を向けて戻るのも危険だ、と頭の中の誰かが告げている。敵は、すでに回り込んでいるかもしれない。

 臭いはもう気にならない。周囲を(にら)みすぎて、目が痛くなってきた。それでも、緊張を止めるわけにはいかない。


 死体を真下に見る。吐き気を覚えた。それを必死に飲み込んで、さらに先に進んだ。


 扉が開いている。奥は、新月の夜みたいに真っ暗だ。

「はっ」

 その黒の中に、ぎらりと光る金を見て、思わず息を吐いた。


 ずり、ずりと(きよ)()()っている。(やり)をそちらに突き出した。その異形から距離をとろうとするも、その体があまりに大きく、後ろに進んでいるのに間が開いている気がしなかった。

 それはついに白日のもとに、その姿を現した。


「おい、(うそ)だろ」


 彼は見上げた。それは山のようだった。身の丈は自分の二倍はあろうかという獣が、その金の目で彼を見下ろしていた。口からは低く、重いうめき声が聞こえる。

 黒い毛は()れていた。ところどころが赤い。あれは血だ。日光を浴びて、不気味な艶を放っていた。その体は周囲の異様な臭いとよく似た臭いを発している。ただ、その発生源ではなさそうだ。この異形が近づいてきたからといって、臭いは強くなっていない。


 まだ距離はある。兵士は注視し、次に備えようとしていた。獣は大きく手を振り上げる。

「えっ」

 動揺の声ごと切り伏せようと、その爪を振り下ろした。


「がはっ」

 急な痛みに息を吐き出した。何が起こったか、理解ができない。


 まだ遠いと思っていたところから、爪による攻撃を受けたのだ。とっさに出した(やり)ごと(はじ)()ばされた。(よろい)を着てきたのが幸いした。(やり)は折れてしまったが、体は衝撃だけですんでいる。

 ただ、その衝撃が強かった。体の内蔵が全て持って行かれたかのような中身の痛み。


(ああ、これは、ひとたまりもない)

 ふと、門の前で倒れていた戦友を思い出す。軽装でこれを受けたら、肉ごと持って行かれるだろう。


「俺は、逃げるぞ」


 決意を新たにして、息を吸う。どう考えても非常事態なことが判明した。今の彼の最重要任務は――生き残ることだ。何とか、報告をして対処をしなければいけない。

 痛みに歯を食いしばって立ち上がる。腕の振りは見えなかった。しかし、それでもあの獣の素早さは未確定だ。傷ついていても、逃げ切れる可能性はある。


 きっ、と前を見据えた。しかし、その炎はすぐに揺らぐ。

「あっ、あっ」

 声にならない声がもれる。思考が追いつかない。


 そこには立っていたのは、腕と胸を失い、血に染まった友の()(きがら)だった。色の無い目でこちらを見ている。その瞳だけは、まだ何かを訴えかけているように見えた。

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