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幻遊剣士~理想と現実の狭間に~  作者: 想兼 ヒロ
第ニ章 己が信じる道の果てには
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第19話 踊る銀閃

 妙な胸騒ぎがする。シルクは少しだけ立ち止まり、空を見上げた。

 雲の動きは速い。上空にやってくる雲は厚くなっていき、徐々に空が暗くなっていく。まるで、これからの未来を予期しているかのようだ。


「アゼル。そっちはどうだい?」

 シルクは進む道とは異なる方を見つめている。その視線の先には、見えずとも繋がっている人物がいる。


 社交的な性格とシルクは思われている。しかし、それは表面上だけのものだ。幼い頃から、あまり積極的に人と関わらないようにシルクはしてきた。それは、絆が深くなればなるほど別れを辛くさせるから。

 軍人の道を志す前から、シルクはどこか、自分が明日も分からぬ道を進むと予感していた。だから、心の底から別れたくないと感じる人物を作らないようにしてきたのだ。


 それでも、何人かはシルクの心を一部分占拠している者達がいる。アゼルは、そんな得がたき友人の一人である。


 ラドーアは「問題ない」と言っていた。シルクも彼の力量であれば大事はないと確信している。それだけ、下準備は万全だ。

(それでも、不安な要素があるとすれば)

 アゼルは、より多くの他者を生き残らせるためなら、彼自身の命を簡単に賭けに使ってしまう。それだけだ。


(僕も人のことは言えないけど、アゼルのそれは度が過ぎてるから)

 シルクだって、いざとなれば身を投げ出す覚悟はできている。しかし、アゼルのそれはシルクのものとは性質が違う。ギリギリの綱渡りを、わざと演じてみせるところがある。

 死地を多く経験してきたアゼルだからこそ、周囲の味方を鼓舞する方法を心得ている。それはシルクにないものだ。そうやって、アゼルはここまで生き抜いてきた。


 それはアゼルがこれまで歩んできた生き方に()るもの。だから、変えようと思って変えることはできない。しかも、その思考法が多大な成果を生む。他人に止めろと口に出す権利はない。

 ただ、客観的に見れば危うい橋を渡ろうとするので、肝を冷やされる。理性的には、シルクにだってそれが最良と分かっている方法だとしてもだ。


(まぁ、彼は生き様が汚いから)

 言葉は悪いが、褒め言葉だ。

 とにかく、どんな戦場であれ、アゼルは諦めることを知らない。それだけは、確かである。そして、事実、生存の道をつかみ取ってくれる。


 そんな彼だからこそ、シルクはこの作戦の成否を彼に託しているのだ。


「ん?」


 シルクの目に雲の流れが映る。シルクはそれを見て頷いた。

「うん。可能性が少し上がったかな」

 思った通りの未来が描けそうで、シルクは満足げに頷く。少々気持ちが楽になったシルクは、再び自身の歩みを始めるのだった。



 アゼルの目に、腰を低くしたミィナの姿が映る。ゆらりと、槍の先が動いた。それは、まるで虫の触角のようにアゼルを観察しているようだった。


(う~ん。できる奴だとは思ったけど、ここまでのものか。落ち着かせると厄介だな。少しも(すき)が無い)

 ここで後ろから斬りかかる、なんて卑怯な手を使ったとしてもミィナに弾き飛ばされるだろう。それぐらい、ミィナの周囲の気は張り詰めている。


 さて、初手はどういくか。

 

 ミィナがつけた仮面は、目の部分が空いている。それなのに、中が暗くて、そこにあるであろう目の動きが読めない。

(まぁ、それは慣れてる)

 しかし、それは(かぶと)をつけた相手でも同じこと。それに問題はない。


 問題があるとすれば、本来は顔を覆うことによって生じる欠点を彼女には感じないこと。自身の視界を(ふさ)ぐわけだから、普通は防御にほころびが見られるのだがそれもない。

 それなのに、逆に、視界を制限することで集中力が研ぎ澄まされているようだ。アゼルは、自身の息(づか)いまでミィナに見られていることを感じ取っている。


(正直大したものだ。命のやりとりは初めてだろうに)

 

 アゼルはミィナの姿勢に、素直に感嘆の意を覚える。ミィナの体力、体術、技術、精神力。その全てを鍛錬(たんれん)だけで、ここまで持ってきた事実に。

 アゼルの技は生きる為に最適なものを選んで積み上げた結果だ。しかし、ミィナは一途に理想を追い求めて、アゼルと同じ場所までやってきた。


(道は違えど、か。その姿勢、うちの大将によく似てるわ)


 シルクの顔を思い浮かべたアゼルはふっ、と余分な力が抜けるのを感じる。思いの外、力んでいた自身に気づきアゼルは苦笑する。しかし、そのおかげで動きやすくはなった。

(ほんじゃ、行きますか)

 アゼルは力強く、ミィナの間合いに飛び込んだ。


 刹那、無数の突きがアゼルを襲う。それらを右に左に避けるアゼル。

(おっと)

 一つだけ、見誤ってミィナの槍が彼の脇をかすめる。

 

 アゼルはミィナに気づかれぬように舌打ちをする。

(なるほど、やっぱり面倒だ)


 槍を相手にしたことは何度かある。しかし、ミィナの槍術は今までの経験ではなんともできない。普段は切っ先だけ注視していればいいのだが、ミィナの槍相手ではそうはいかないのだ。

(どうしても避ける動きが大きくなる)

 彼女の槍術は、どちらかといえば棒術の類だ。大きく避けなければ、次は胴体を()いでくる。彼女の槍は重さの分、突きの速さが落ちる。しかし、その重さのおかげで、ただ打つだけで申し分ない威力がある。


 よって、アゼルの動きに大幅な修正が入る。普段通りにいかないのは、そのせいだ。いつもより、一歩二歩アゼルは大きく跳ねている。


(ああ、もう。ちょこまかと)


 対して、ミィナの方も攻めきれない。

 アゼルが避けるのに精一杯になりながらも、飛び込んでくる機会を狙っていることは分かっている。自身の渾身の一撃を安々と見切る相手だ。手を緩めることはできない。


 つまり、根比べ。どちらが先に動きを鈍らせるか。実戦経験の劣るミィナには不利な要件。アゼルはそこに勝機を見いだす。


 ミィナの一撃一撃の間に、少しずつ間合いを後ろにずらしていくアゼル。それに彼女は気づけない。知らず知らずに、槍を突く距離が長くなっていく。


 ミィナの突きが深く、伸びきった瞬間。

(ここ!)

 この機を狙って、一気に踏み込む。


 深く、相手の懐に飛び込んでいく。ミィナが再度突くまでに多少の時間がかかる。アゼルにはそれで十分だ。横()ぎも、ここまで間合いを詰めてしまえば威力は弱い。


 いける。


 アゼルは剣を振るおうとして。

(えっ)

 しかし、そのまま体の反射に任せて大きく右に爆ぜるように飛び跳ねた。


「くっ」

 急な方向転換。アゼルの体は大きく外に投げ出される。地面に体をぶつけるも、受け身をとって転がりつつ、アゼルは立ち上がる。

 すぐに剣を構え直したアゼルは表情を整える。しかし、動揺は隠しきれない。額に今までとは違う温度の汗が流れている。


(なんだ、ありゃ)

 あと少し、追い詰めた距離でミィナの右手に銀の閃きが見えたのは覚えている。


 今、目の前では確実に追い抜いたはずの槍、その切っ先がアゼルの顔があった場所を貫いていた。

(いや、天晴(あっぱ)れだ。そこでそれをされたら、さ)

 槍を大きく一回転させ、再び構えをとるミィナの姿に思わず笑えてくるアゼルだった。それは喜びに近い。自分の命が危ういのに、喜んでいる自分にもアゼルは笑顔になってくる。


 対するミィナも優雅な所作を見せながら、内心は動揺していた。

(嘘。あれを避ける?)

 アゼルに仕掛けたのは、ミィナが、それこそアゼルのように身軽な戦士を相手する為に考えてきた罠だ。それを、アゼルは不格好ながら初見で打ち破った。


 ミィナは、アゼルの特攻に反応して自身の槍を後ろに投げたのだ。そして、槍頭が彼を再び追い抜いた時に掴み直し、もう一度彼を突こうとした。

(ほとんど大道芸だよな)

 昔、大きな街で開催されていた祭りを盛り上げていた刃物使いの芸人をアゼルは思い出す。


 戦場で己の武器を一瞬でも手放そうとする勇気、度胸。これで初陣なのだから末恐ろしい。

 おそらく、その方法で間に合わないと判断したら躊躇(ちゅうちょ)なく得物を捨てて、素手で立ち向かったろうとアゼルは推測する。

(望むとこだが、あの怪力相手にどこまでやれるかな)

 剣よりもさらに踏み込んで、手足の一本や二本は犠牲にする覚悟で、アゼルの命を奪いに来る。そんなミィナを思い浮かべて、アゼルは背中に冷たい汗を感じていた。


 アゼルが感じる命の危機はますます大きくなっていく。ここまでのものは、久しく感じていなかった。

「ははっ」

 それに対して、アゼルは口端を歪めた。


「やるなー、あんた」


 心底嬉しそうに話すアゼルの言葉に周囲の兵士は眉根を寄せた。頭でもおかしくなったか、と不安になる者もいた。


 しかし、対峙しているミィナはその笑みが嘲笑(ちょうしょう)や余裕の意を示すものではなく、ましてや諦めでもないことが分かっている。

(うちの叔父貴(オジキ)も、あんたみたいに笑ってたよ)

 自らの命をやり取りすることへの高揚感。彼は王国の職業軍人である前に生まれつきの戦士だ。

 最初、アゼルを見かけた時から感じていた印象は間違っていなかった。ミィナは、槍をさらに強く握りしめる。


「だけど、俺を殺すには、まだまだ甘い。そんじゃあ、もうちょっと、付き合ってもらうぞ」


 その二人の戦いはそれからも続いた。いつしか、彼等を中心に輪ができている。味方も敵も、戦闘を忘れて見入っていた。

 刃の閃き、その一つ一つが命を奪うものだと言うのに、どこか人を引きつける美しさを持っていた。


 鍛え上げられた持久力に、存分に力が発揮できる喜びが上乗せされ、ミィナの槍さばきに陰りは見られない。


(なにか、なにか、おかしい)


 しかし、段々と違和感が大きくなっていく。

(あたし、子ども扱いされてない?)

 こうして、長時間相対したからこそ分かる。ミィナの相手をするアゼルに余裕を感じられるのだ。


(もしかして、手を抜かれてる?)

 なぜ、そんなことをする必要があるのか。槍を振るいながらも、ミィナは考える。


(まさか!?)


 彼女が気付いたのと、アゼルが彼女の槍を払って一気に後ろに下がったのは、ほとんど同時だった。


「おっと、ここまでだな。悪くなかったぜ」


 距離を詰めようとしたミィナの熱くなった手に、ポツリと水滴が落ちる。

「雨?」

 初めて聞いたミィナの声に、アゼルは口端を歪めて笑った。


 そう、雨だ。アゼルはこの雨の予感を誰よりも早く感じ取って、自らの部隊に号令をかける。

「俺達の仕事はここまでだ。あとは生き残れ、撤収っ!」


 すでにアゼルの部隊は引き気味だった。積極的に動いていない。そんな兵士達の間にアゼルの声が通っていく。

 本格的な退却。初めから、逃げ道を用意していた。その動きに淀みがなく、反乱兵側は急な動きの変化に混乱し、その迅速な動きについていけない。


 ぽつぽつと降り出した雨は、一気に視界を奪うほどの大雨へと変わる。それが戦場をさらにかき乱して、アゼル達に味方する。


 アゼルの目論みに気づけなかった自身に苛立ちつつ、ミィナは追撃を試みる。

「時間稼ぎ、でも、なんで?」

 もうすぐ、本拠地から伝令によって援軍がやってくるはずだ。ミィナは彼等の時間稼ぎに意味を見いだせなかった。


 鬱陶(うっとお)しい雨は、すぐに地面を緩くする。走るミィナの足元をぐらつかせる。アゼルとの一騎打ちに、かなり力を使ってしまった。ミィナにいつものような素早さがない。

「足下?」

 そこで、気づいた。ミィナは立ち止まって振り返る。


 本拠地と、この場所を直接つなぐ道。そこは北部の先住民族が農耕を始める際に、もともとは沼地だった場所を干拓してできた土地である。だから、雨が降ると昔の顔を取り戻し、途端に難道に変化する。

 冷たい雨が、ミィナの頭を冷やす。冷静になってみれば、王国の兵もおかしなところが多かったことにミィナは思い当たる。

(本当に、敵はこれだけだった?)

 アゼル達の部隊以外、一切兵士が増えなかったのだ。そもそも、アゼルが本隊とは別行動をしていたとすれば本隊はどこにいるのか。


 そして、出された結論にミィナは顔を青くする。

「うそ、誘い出された」


 援軍の部隊は恐らく、すでにミィナの父のいる本拠地に向かっている。地盤が、比較的強固な迂回路を使って。

 

 距離で言えば、ここからの方が近い。しかし、この大雨で帰り道はすでにぬかるんでいる。そんな道を通るのは苦労するだろう。辿り着いた時には、敵本隊に奇襲された味方の本陣が落ちている可能性が高い。


「雨が降ってきた時、あいつらが退いた。この雨も、予想してったってこと?」

 事実、シルクはアゼルに雨について伝えていた。確率としては高い。もし降らなくともアゼルがここで踏ん張ってくれれば奇襲は成功する。しかし、雨さえ降ってくれれば、勝利の可能性が格段に上がることをシルクは予測していた。


 アルテ族は、近年農耕を始めたとは言え、もともとは狩猟民族である。ゆえに、そこまで天候を気にしたことはない。

 しかし、この土地で育った人間であるミィナ等が分からなかった天候と、土地の特色を敵兵にまんまと利用されているのだ。その事実が、ミィナをさらに苛つかせる。


 幾らかの可能性にかけて、仲間と共に本拠地へ急ぐ。しかし、理性ではもう分かっている。

 自らの初陣は、輝かしいものではなく、泥にまみれた敗戦になるであろうことを。

 

「ごめん、親父。間に合わない」

 アゼルに良いように扱われた屈辱も、彼女の心を傷つける。


 しかし、もし父を失うとしてもミィナの戦いは終わらない。先に楽園で待つ同胞の為にも、最終的には勝たなければならない。

「今度は必ず」

 ミィナは槍を握りしめ、唇をかんだ。

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