五話 エキドナクラス
ブックマーク登録ありがとうございました。
少しでも見てくださる方がいるようですし、平日にどれだけ投稿できるか分かりませんが、なるべく頑張って投稿します。
よろしければ見ていただけると幸いです。
「少し待っていてくださいね」
「はあ……」
ラシェルはカズヤに言うと自身は教室の中へ入っていった。
カズヤはラシェルに連れられた教室を外から眺めてみた。幸いにも廊下と教室の壁にはガラスのように透明だった。
『どうしたのだ主よ。壁をそれほどまでに眺めおって』
不思議に思っていたカズヤに気づいたのかアイリスが話しかけてきた。
「壁? いや、目の前にあるのは窓だろう?」
現に教室にいる生徒たちの様子がここから見て取れる。
教室は長机がいくつか置かれており、そこに十六、七と思われるカズヤと同年代の生徒達が座っていた。
先ほどラシェルが入った場所は教室の前に当たるようで生徒たちは皆注目していた。
『主が見ているのはどう見てもただの壁なのじゃが……。うん? もしや、主よ。神気を使ってはおるまいな?』
「……え?」
やけにアイリスの声が低くなった。
そして、その声に背筋に寒気を覚えたカズヤはもしかしてと思い、自身の目に手を当てた。
手で覆い隠したために暗くなるはずの視界は明るいままだった。
『やっぱり神気を使っているではないか! 神気は回復するのに時間がかかるのだぞ! こんなしょうもないことに使うでない!』
「そう言われてもな……」
カズヤはいつの間にか神気を使っていただけなのだ。故に神気を収める方法など分かるはずがなかった。
『はよう収めるのだ! 神気がなくなると妾の復活が遅れてしまうではないか!』
アイリスは憤慨し、言葉を続けていく。いわく、神気は簡単に使うべきものではなく、使うとしてもごく少量に納めるべきなのだ、と。
アイリスの言葉を聞いてカズヤが思ったこと、それは――
「やっぱりアイリスって封印されていたのか……」
『やっぱりとはなんじゃ! 妾は封印されておったわけではない! 単に力がなくなってしまっていただけじゃ!』
「違うのか。でも、力がなくなっていたということは何か原因があるんだろう?」
『う……、それは……』
言いづらそうに口ごもるアイリス。
何か深い理由があるのだろうか。そう思い、やっぱり言わなくてもいいと言いなおそうとした時――
「貴方がカズヤ君ね。私はあなたの担任になるエキドナよ。さあ、中に入って」
教室から出てきたエキドナに遮られ、言葉は口から出ることはなかった。
『……後で話す』
アイリスは小さな声でそれだけ言うと黙り込んでしまった。
カズヤはそんなアイリスを心配しつつも目の前で教室へ入るよう促しているエキドナ――背は小さく子供と見間違いそうな女性だった――に返事をし、中に入るのだった。
◇
「さて、皆さん。入れ違いになってしまったようですが、今日からもう一人私たちの仲間が増えます」
エキドナはそこまで言うとカズヤの方を向く。
「さあ、自己紹介をよろしくお願いしますね」
少しは身構えていたが、咄嗟に言葉が出てこないカズヤ。
周りのクラスメイトはカズヤの方を興味津々といった様子で見ていた。
「えっと、俺の名前はカズヤ。この学園には来たばかりでまだいろいろ不慣れなところもあるけど、よろしく」
何とかカズヤがそこまで言うと周りのクラスメイトからまばらに拍手がなされる。
時折、私たちもまだ来たばかりなんだけどね、みたいな声も聞こえた。
(そうか。そういえば、ラシェルは昨日一学年が入学したからちょうどいいって言っていたっけ)
ラシェルの言葉を思い出し、聞こえてきた言葉に納得がいったカズヤ。
(あれ? そういえば、魔力の扱い方って魔法学園っていうぐらいだし、みんなある程度知ってるのか?)
『知っておるかもしれぬな。何せ主の周りにおる者たちからはそれなりに魔力を感じ取れる。少なからず、魔力を身に留めるすべを身に着けておることだろうよ』
カズヤの疑問にアイリスが答えた。
(そうか。それなら魔力が少ないように振る舞うためにもここで言っておいた方がいいな)
カズヤはそう考え、口を開いた。
「俺は魔力の扱いが下手だし、魔力自体も少ないからみんなに教えてもらえると助かる」
カズヤの言葉を受け、中央付近に座っていた男子生徒が立ち上がった。
金髪を短く切りそろえ、溌溂とした笑顔を浮かべている生徒だ。
「俺も同じく魔力操作とかが苦手なんだ! 一緒に落ちこぼれの道を歩もうぜ!」
「何を馬鹿なこと言ってるの!」
勢いよく男子生徒が言い切った後に後ろに座っていた女子生徒に頭を叩かれる。
赤褐色のツインテールになっている髪が叩いた威力のせいか、横に流れた。
「いってえ! 何すんだよ、モニカ!」
「あんたが馬鹿なこと言うからでしょ!」
突然、目の前で漫才が始まってしまい、呆気にとられるカズヤ。
「さあ、カズヤ君。君の席はエルキンの隣よ」
そんなカズヤを気にすることなく、エキドナはカズヤに席を伝える。
(エルキン? 誰だろうか)
当然のことながら、まだ名前も顔も分かっていないカズヤにエキドナが言う人物が分かるはずもなく、席は分からない。
そのため、戸惑っていたカズヤだが服の裾を引っ張る感覚に目を腰の方へ向けた。
そこには黒髪ショートヘアの眼鏡をかけた少女がいた。
随分と小柄であり、エキドナとほとんど同じぐらいの身長しかない。
「……貴方の席は今騒いでいる男子生徒の隣」
「え?」
その少女が指でカズヤの座るべき場所を示した。
相も変わらず、そこでは二人が言い争っている。
「本当にあそこに座るのか……?」
今あそこに行けば間違いなく、二人の喧嘩に巻き込まれる。犬も食わなさそうなそこに入り込むような勇気はカズヤにはなかった。
しかし、エキドナや眼鏡をかけた少女を見ると、早く座れと聞こえてきそうな目をしていた。
「仕方ないですね。エメリナさん。二人を止めてきてください」
「分かった」
エキドナに頼まれた眼鏡の少女――エメリナが二人の場所へ移動する。
そして、二人の近くで何か言ったかと思うと――
「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」」
突如、二人がうずくまって謝りだした。
(え、ええええええええええ。何を言ったんだよ!)
あまりの豹変ぶりに驚くカズヤ。
「もう問題はないわね。早く座りなさい」
エキドナに促され、まだ驚愕が抜けないままに動き出すカズヤ。
エルキンの隣まで移動するとエメリナがちょうど後ろにいることが分かった。どうやら、エルキンと言い争いをしていたモニカの隣に座っていたらしい。
隣とその後ろから未だに謝罪の言葉が聞こえてくる。
(うん、決めた。エメリナにはあまり逆らわないでおこう)
カズヤは早々にエメリナに対する対応を決めるのだった。
◇
「なあ、虹の魔女を見に行こうぜ!」
朝の連絡が終わった後、回復したエルキンがカズヤに話しかけた。
エイドス魔法学院では最初の一週間――カズヤが記憶している単位と同じ七日で一週間だった――は学院に慣れるために本格的な講義は行わず、朝の連絡以降は他の教室へ授業を見に行き、各々が受けたい講義を選択する形だった。
「どこかの講義は見に行かないのか?」
「何言ってるんだよ、カズヤ! せっかく虹の魔女がこの学院にいるんだぜ? 見に行かないわけにはいかないだろうが!」
どうやら相当に虹の魔女とやらにエルキンは興味を惹かれているようだった。
カズヤが黙っている間にも虹の魔女の武勇伝を話し続けている。
曰く、一人で五属性を高レベルで操ることのできる天才である。
曰く、アンラプス――カズヤたちがいる国のことらしい――の王族であり、他の兄や姉を差し置いて次の王になると言われている。
曰く、今までに行ってきた戦闘では一度も負けたことがない。
曰く、アンラプスに迫りくる怪物を一人で倒した。
他にも数多く話していたが、カズヤにはいまいちすごさが分からなかった。
『はっ。所詮は人間の中での序列よ。妾と比べれば矮小な存在にすぎぬ』
(……アイリスは神なんだろう? 人と比べてどうするんだよ)
『…………妾の方がすごいもん』
何故か虹の魔女に対抗を始めたアイリスの相手をしていた時――
「エルキン。あんた落ち着きなさいよ」
「いてっ。何すんだよ、モニカ!」
モニカがエルキンの頭をばちんと音を響かせて叩いた。どうやら、モニカもまた先ほどの状態から回復していたらしい。
「あんたがいつもみたいに落ち着きがないのが悪いんでしょ!」
「なんだとっ!」
二人の口論がまたもや発展しそうになった時、二人の肩をエメリナがぽんと叩いた。
「また、やるの?」
「「ご、ごめんなさい!」」
さすがエメリナだった。
先ほどまでの一触即発な空気を一瞬で一掃した。
空気が変わったことを感じ取ったカズヤはついでとばかりに気になっていたことを聞くことにした。
「あー。誘ってくれるのは嬉しいんだけどさ。そもそも虹の魔女ってなんだ?」
「カズヤ……。お前、まさか知らないのかよ!」
「いや、俺はこの学園に来てからまだほとんど経っていないんだぞ?」
「あー。まあ、それもそうか」
カズヤの言葉に納得したかのような声を漏らすエルキン。
「カズヤ。貴方は本当に虹の魔女を知らないの? 学院にいること自体知らないのは不思議ではない。でも、虹の魔女という二つ名はこの国にいる以上、知らないのがおかしいぐらいに有名なはず」
エメリナが不思議そうに聞いてくる。
(アイリスは知ってるか?)
『妾が人のことなど知ってると思うか?』
(……うん。そんな気はした)
念のため、アイリスに確認はしてみたが、やはり知らないらしい。
「そうね。よほどの田舎でない限り知らない者はいないってぐらいには虹の魔女は有名よ? カズヤ、あんたは一体どこから来たのよ?」
「えっと……」
モニカの質問にカズヤは返答に詰まった。
(さすがに異世界から来たなんて言うのはまずいよな。信じてもらえないだろうし、何より証明することなんて出来ない。でも、この国以外から来たなんて言うにはこの世界のことを知らないからな……)
そこまで考えたカズヤだが、咄嗟に出てくる言葉はなかった。
「そんなことはいいからよ。早く見に行ってみようぜ!」
そう言うとエルキンが教室から出て駆けていく。
どんどん遠ざかる後ろ姿を見たモニカが小さくため息を漏らした。
「……あいつったら。待ちなさいっ!」
そして、モニカもまたエルキンを追いかけて走り出した。
急にいなくなってしまった二人を見て呆気にとられるカズヤ。答えずに済んだが、何となく釈然としない気持ちになった。
「カズヤ。いこ?」
「……ああ」
手を伸ばしているエメリナに答え、カズヤも移動を始めた。
(ああ。単に記憶喪失なんだって言えばよかったんだな)
道中にそんなことに気が付き、また同じ質問をされたらそう答えようと考えるカズヤだった。