三話 魔力測定
「それでは早速ですが魔力を測りに行きましょうか」
「……はい」
ラシェルに促され、部屋から移動を始めるカズヤ。
嬉しそうなラシェルとは対照的にカズヤは憂鬱だった。
(俺に魔力なんかあるわけないと思うんだけど……)
ラシェルが言うには召喚魔法とやらを使って召喚できる存在は強力な魔力を持つという。
同時に召喚されたものが全員魔力を持つわけではないとも言ってはいたが、今のラシェルが浮かべている表情を見る限り、カズヤが魔力を持つと確信しているのがうかがえた。
カズヤには召喚された時の記憶が全くないために自身が魔力を持つなど信じられなかったが。
『くくく。楽しみではないか、主よ』
(こいつは本当に何者なんだ……?)
先ほどから頻繁に声をかけてくる幼い少女の声にカズヤは心の中で呟く。
『ほう。そうか。妾を知らぬというか』
カズヤが心の中で呟いた声は声の主に届いたらしく、反応があった。
(声に出さなくても聞こえるのか。……知らないに決まっているだろう。そもそも心の中で声がするなんてありえるわけがないし――)
心の中で呟いてからカズヤは思った。つまり、さっきから聞こえてくる声って俺の妄想か、と。そして、その声が幼い少女であるということ。それが意味することはカズヤが――
(――そうか、変態だったのか)
『ちちち違うわ! 何を言い出すのだ、主は! 妾をそんな下賤極まる扱いをするではない! 妾はアイリスだ! そんな蔑称を妾につけるな! 妾を呼ぶなら蔑称などではなく、アイリスと呼ぶがよい!』
なおも言い続けるアイリスの声――もといカズヤの妄想の声。
カズヤは自身の痛ましさに頭が痛くなってきた。
『頭を抱えるではない! 主の奇行にラシェルとやらも目を丸くしておるではないか! ……いいから、はようやめい!』
「――っ」
アイリスが叫んだ直後、カズヤの身体に電気が走った。
突然、襲った痛みに声なき声が漏れるカズヤ。そんなカズヤを見たラシェルは心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫ですか……? やはり、まだ体調がすぐれないのでは……。魔力測定は万全な状態で行った方がいいですし、今日はやめておきますか?」
「い、いえ。大丈夫です。早く魔力測定をしちゃいましょう」
「……大丈夫ならよいのですが、無理はなさらないでくださいね」
心配そうなラシェルだったが、カズヤの言葉を信じたのか、先導し始めた。
(さっき何かしたな……?)
ラシェルの後ろについていきながらも、カズヤはアイリスに対して心の中で声を投げる。
『はっ。主の奇行を止めるために電撃を放っただけだ。それに電撃と言っても加減をしたものだ。大した強さではなかったはず』
十分痛かったんだけどな、とカズヤは一瞬思うが、気を取り直してアイリスに対して問いかけた。
(お前が俺の妄想じゃないってことはよくわかったよ。……あんな電撃を使えるんだしな。でも、それならお前は一体何者なんだ?)
カズヤの声にアイリスは何故かすぐ答えず、笑い声だけが漏れ聞こえてくる。
そして、たっぷり五秒ぐらい時間が経った時だろうか。もったいぶるような語調で語り始めた。
『くくく。ようやく妾の存在に勘付き始めたか……。やはり妾からにじみ出るオーラとでもいうべき存在は隠し通せぬものなの――』
「ここが魔力測定に使う部屋です。カズヤさん、どうぞこちらにお入りください」
「はい、わかりました」
『――って聞けい!』
なおも語っていたアイリスを無視してカズヤは部屋の中に入っていった。
ラシェルはカズヤの表情を見て、不思議そうに首を傾げたが、すぐに気を取り直して自身も部屋の中に入っていく。
カズヤが部屋に入る前に浮かべていた表情は笑いを堪えるかのような不思議な顔だった。
◇
「ここが魔力を測定する際に使われている部屋です」
部屋に入ったカズヤはラシェルに部屋の中央へ案内された。部屋は窓がなく、明かりは廊下側から入る光と部屋の壁に備え付けられている棒状の蝋燭のような物体が出すもののみであり、ラシェルの顔を伺うことも難しいぐらいには薄暗かった。
しかし、不思議と中央に置かれている水晶をカズヤははっきりと見ることが出来た。
『ほう。随分と魔力が水晶に込められているようだな』
アイリスが感心したような声を出す。
(そういうのって分かるものなのか?)
『主よ。妾をなんだと思うておるのだ。それぐらい分かって当然であろうが』
(……まあ、実際アイリスが何なのかは知らないからな)
『むう。それならば教えてやろうかの。妾の正体を!』
アイリスが気分よさげに言いきる。そして、アイリスが次の言葉を言う前にラシェルが口を開いた。
「さて、この水晶に手をかざしてください」
ラシェルに促され、カズヤは自身の手を水晶にかざした。
『……主よ。妾の正体って気にならんのか……?』
(また後でいいかな)
『…………いいもん。妾は気にしないもん』
それきり、アイリスの言葉は止まった。どうやらいじけてしまったらしい。
そんなアイリスを放っておくことに決めたカズヤは目の前の水晶に目を向ける。
そして、少しの時間が経ち、カズヤがかざした水晶には変化が――何も起こらなかった。
「え、あ、あら……?」
困惑したような声を漏らすラシェル。
『はっ。当然の結果だな』
アイリスはラシェルとは対照的に自信に満ちていた。
(やっぱり俺が違う世界から来たことが原因か?)
カズヤが召喚された世界。そこは記憶にあるカズヤがいた世界とは異なり、魔法が存在する世界だ。
もちろんのこと、カズヤは自身の記憶を失っている。そのため、カズヤが覚えていないだけで元の世界でも魔法を使っていた可能性はある。
むしろ、最初はどこか秘境にでも浚われてしまったのではないか、などと考えていたぐらいだ。
しかし、カズヤは確信していた。
今いる世界がカズヤのいた世界とは異なる世界――異世界であるということを。
カズヤにそう確信させている原因のアイリスが不思議そうに言葉を返した。
『うん? ……いや、主が元いた世界とは関係はないさ。主が魔力を持たない原因は妾にある』
(アイリスに……?)
心の中で疑問に思いながらも、カズヤは納得している自分に気づいた。
この世界に来た時からずっとアイリスに対して覚えていた違和感――いや、確信していたことがある。
――アイリスは人ではない。
最初こそ、アイリスの存在は頭の中に直接声をかけてくる突飛な力を持った人物であると思っていた。
しかし、それは違う。アイリスと会話をしているうちに違和感が強くなっていくのだ。
その積もり積もった強烈な違和感から発生した考えが、アイリスが人ではないとカズヤに確信させていた。そして、同時に人ではないにもかかわらず、言葉を話す存在がいるという考えがカズヤにここが異世界であると結論付けさせた。
『ああ。先ほどは言えなかったが、改めて妾のことを主に伝えよう』
カズヤはアイリスの言葉に覚えていた違和感が強まるのを感じた。
『我が名はアイリス。この世界の神の一柱だ。今は力を封じられてしまっているが、それでも神気はまだ多少なりとも残っておる。故に魔力などという穢れに満ちた力が依代に溜まるなどということはありえんのだ』
神。アイリスの言葉によってアイリスの存在が判明し、カズヤの違和感はようやく氷解するのだった。