一話 虹の魔女
穏やかな日差しが入り込む学園長の部屋。
そこに二人の男女が一人の少女と会話をしていた。
「この度はエイドス魔法学園に来ていただき、感謝の極みでございます!」
豪奢な服を纏った男が嬉しそうな表情を浮かべ、少女――クリスティーナに向かって感謝の言葉を述べる。
対するクリスティーナは反応を返さない。クリスティーナの鋭利な瞳が未だに嬉しそうな表情をしている男――マルセルに向けられ、すぐに外された。
クリスティーナは視線を学園長であるラシェルへ向けた。
「それより、私の魔法防衛者は私が選んでも良いということで間違いはありませんか」
「ええ。それで構いませんよ」
クリスティーナの言葉にラシェルは答えた。
そのラシェルの返答にマルセルが焦り、口を開く。
「ま、待ってください、学園長! 私は言ったではありませんか! ランク5の虹の魔女であるクリスティーナ殿に相応しい魔法防衛者は私が選ぶと!」
女性らしい柔らかな微笑を浮かべていたラシェルの眉がほんの少しだけ顰められた。
まるでラシェルの表情に気付いていないマルセルは言葉を続ける。
「クリスティーナ殿が選ぶべき魔法防衛者は我がマルセルクラスの者達が相応しいのです! そして、私のクラスであるからこそ、私が一番生徒のことを知っている! 私がクリスティーナ殿の魔法防衛者を選びます! いや、選ぶべきなのです!」
ラシェルは微笑を浮かべながらも口を開く。
「マルセル先生。前から言っているでしょう。魔法防衛者は信頼の出来る者にしかなることができません。それにもかかわらず、私たちが無理やり魔法防衛者を押し付けては構築できるはずの信頼も得られないかもしれないではありませんか」
「しかし――」
「しかし、ではありません。せっかく我がエイドス魔法学園に来ていただいたクリスティーナ殿に恥をかかせるおつもりですか。貴方の言葉はクリスティーナ殿が一人では魔法防衛者を見つけることが出来ないと言っているのと同義なのですよ」
マルセルは悔しそうな表情を浮かべるが、今度は反論を行おうとしない。ラシェルの言葉に一理あると感じたためだ。
マルセルの様子にようやく安心したのか、ラシェルは小さく息を吐くと言葉を続けた。
「大丈夫ですよ、マルセル先生。貴方のクラスは優秀な生徒ばかりなことは私も知っています。きっとクリスティーナ殿は貴方の生徒を選んでくださいますよ」
「……ええ。そうです、我がクラスの生徒は優秀な生徒ばかりですから」
マルセルは悔しそうにしながらも絞り出すかのように言葉を口にした。
「これからも優秀な生徒を育ててくださると信じていますよ」
ラシェルはそう言葉を続ける。
しかし、マルセルは自身がクリスティーナの魔法防衛者を選ぶことが出来なかったことが気に食わないのか、言葉を発することなく下を向いている。
「……仕方がないですね」
その様子を見ていたラシェルは小さくため息を吐くとクリスティーナの方を向いた。
「クリスティーナ殿。本当に申し訳ないのですが、少しの間、マルセル先生が選ぶ生徒を魔法防衛者にして頂けませんか?」
「……それは決定ですか?」
不服そうな表情を浮かべるクリスティーナ。
それを見たラシェルは困ったように表情を少しだけ歪めて言葉を続けた。
「いえ、決定ではありません。しかし――」
「是非とも私が最高の魔法防衛者を見つけましょう!」
ラシェルの言葉を遮るようにマルセルが喜色満面な笑みを浮かべて言う。
「…………」
「私のクラスはエイドス魔法学園の最高クラスです。クリスティーナ殿のお眼鏡に適う生徒は必ずいることでしょう! もちろんのこと、私自身も最適な生徒を選ばせていただきます!」
無言でマルセルを見るクリスティーナに向かって尚も言葉を続けるマルセル。
しかし、繰り返し続けられるクリスティーナへの美辞麗句に彼女は何も反応を返すことはなかった。
「さて、こうしてはいられない! 早速、我がクラスへクリスティーナ殿の魔法防衛者を探しに行かねば!」
言うが否や、マルセルは学園長室を足早に去っていく。
その姿が扉の向こうへ消えて暫し。
ラシェルが申し訳なさそうな表情を浮かべてクリスティーナへ顔を向けた。
「ごめんなさいね。マルセル先生は悪い人ではないんですが……。少しばかり思い込みが強くて……」
「いえ、気にしていません。……あの先生が選ぶ魔法防衛者も期間限定なのでしょう?」
「ええ。そこはお約束しますわ。魔法防衛者はさっきも言った通り、魔法行使者が自分で選ばないと意味がないですからね」
「安心しました。私は信頼の出来ない魔法防衛者を選ぶことはもう二度としたくありませんから」
クリスティーナの言葉には強い意志が籠っていた。
「それは……? いえ、詮索はやめておきましょう」
クリスティーナの言葉を怪訝に思ったラシェルだが、自身の言葉を取り消すとさらに言葉を続けた。
「それより、次の魔法剣闘会は期待していますよ」
「はい――」
クリスティーナはラシェルの言葉に強く頷く。
「――絶対に負けません」