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2話目 登山部

「くぁああ……あ…やべ。」

清々しい朝。何者にも変えがたい朝。あくびをかき消して車庫にある自転車(愛車)にまたがった瞬間に気付いた。無理やりおごらされた炭酸飲料を七海に渡していない事に。

「おっはよー隼人……って、忘れてたわ。」

どうやら俺を迎えに来てくれた七海も忘れていたらしい。

「あー。もういらないわそれ。」

「いや俺これ飲めねえから!」

「だって炭酸抜けてるでしょぜったい!」

「飲めねえよ!」

「飲め!」




そんな日常が楽しいのである。

「炭酸は飲まないがな」



◎ ◉ ◎ ◉


下りの修練坂はなんと気持ちの良いものか。

すれ違う自販機も犬もおっさんも後ろに吹っ飛んでいく。

「いいぃぃやっほおおぉぉう!」

がらがらがらがらがらがらがらがら


「隼人アンタ缶捨てなよ!!」

自転車で並走する七海が絶叫する。


◎ ◉ ◎ ◉


門間(かどま)工業高校(こうぎょうこうこう)正門にて。


「おはよーござーす」

がらがらがらがらがらがら

「おぅ、おはよう隼人。ってなんだそれは。ジュースぐらい飲んでから来い」

俺が挨拶をしたのは生活指導の先生だ。野球部の顧問だからなのか。厳しさと威圧感がある。

「あー。先生にあげるっすよー。」ほいっ。

「お!まじか!好きなんだよ俺このジュース!」

先生がすぐさま缶を開けると、少しケミカルな匂いと色が辺りに広がり、修練坂によってシェイクされた――つまり擬音で表現すると。

ぷしゅーーーーーーーーーーっ!!!

びちゃびちゃびちゃっっ。

先生は登校してきた生徒に「うわぁ」と言う目を向けられ、プルプルと震えている。逃げよう。


「……おい隼人。……って居ねえっ!?」

「ゴメンナサイ先生…っ」

「……い、いや、七海が言う事じゃない。」


◎ ◉ ◎ ◉

「もー。ひどいよ隼人は!」

七海は何を怒っているんだろう。今日の朝占いでも悪かったのか。



門間工業高校(かどまこうぎょうこうこう)

創立から50年の歴史を持つ実業高校である。

実業高校のご多分に漏れず、スポーツに力を入れ、リア充とオタクが共存する異質な世界。そして、


「底辺はいつまでも底辺である。」

乳酸菌飲料を片手に昼休みを寂しく過ごしているのだ。

「どうしたの隼人。頭おかしいの?」

「でたよリア充のてっぺん。」

なんだそりゃ、と言うは幼馴染の七海である。先日説明した通り、女子陸上競技において華々しく輝くスター。俺とはまさに原子と宇宙。

「あんたもなー。部活入ればいいのになー。……なんでこんな風になっちゃったかねえ。」

まるで自分の事の様にため息をつき、恨めしそうに自分の顔を見る。

「何を言っているんだ。俺はいつまでも変わらず瘦せ型だし、少し足が遅いだけだろ。」

「だからって、100m19秒はどうなのよ……」

何を言う。ちょっと世界最速の男が100mを1往復しかできないくらいのスピードじゃないか。そこまで遅くないな。


「いや、そのりくつはおかしい。」

笑みを浮かべながらどこぞの青いたぬきの様なセリフを言いつつ俺と七海に近づいてきたのは、クラスの委員長だった。

「どうした、委員長。柔道部には入らないぞ」

毎度毎度誘いやがって。

「もう誘うのは辞めたよ。キミは頑固すぎる。」

委員長は首を横に振り「あきらめました」と言わんばかりのため息を吐いた。

「本当よね。その頑なな所だけは尊敬するわ。」

そこだけはねえだろそこだけは。

「んで?委員長用事は?」

「あぁ、なんだかよく分からないけど昼休み、今からだね。臨時の生徒総会をやるらしいよ」

体育館に集合だってさ。


◎ ◉ ◎ ◉


「えー、今から、臨時の生徒総会を行います。」

確か3年生の野球部に所属している生徒会長だったはずだ。その生徒会長が気だるそうに生徒総会の号令をする。

「議題は、部活動の名前変更について、です。」

そんな事で呼び出されたのかよ。と口にしないまでも全校生徒が思っている顔をしている。


「では、山岳部部長の駒沢(こまさわ)岳斗(がくと)くん。お願いします。」

なんつーイケメンな名前なんだ。と考えていると、隣に座っていた七海、そしてうちのクラス全体がざわついていた。

「ねぇ、あれ、同じクラスの岳斗じゃない?」と、七海が話しかけてくる。

……確かに、あのおとなしそうな風貌、しかしそれでいて180cmを超えるあの体は、同じクラスの駒沢岳斗だ。まさか、山岳部の部長だったなんて。というかうちの学校に山岳部なんてあったのか。

「山岳部……?」

周りの反応も似た様な話をし、困惑している様だ。


「えー、生徒総会ですので、お静かによろしくお願いいたします。」

生徒会長が注意を促す。少し、ざわざわした体育館が収まった。


「えー、では、駒沢さん、説明をお願いします。」


「えー、ごほん。」ぼんぼんっ、とマイクを叩いて岳斗は再度確認をする。ちなみにマイクを叩くという行為は実はマイクにとってあまりよろしくない行為である。



「えー。山岳部部長の1年B組駒沢岳斗です。この様に皆さんを呼び出してしまってすみません。……実は、山岳部には今部員が私、駒沢しか所属しておりません。そこで、心機一転、この数十年の伝統のある門間工業高校山岳部という名前を変え、登山部という名前にしたいと思います!!」


………今人生で1番無駄にした時間を過ごしている気がする。

隣にいる七海も、絶句。という表情をしている。


「山岳、と言うと(つら)いイメージがあると思います。しかし、世間では登山ブームと言うのが起きています。山ガールという言葉も生まれましたね。なのに、我々山岳部に部員が入らないという事はそれは名前に抵抗があるからじゃないかと。つらそうに見えるからじゃないかと思った次第です。というわけで、分かりやすく、登山部!という名前に変更いたします!」



何故だ。全く説得力がないのに納得しそうだ。いや納得しても良いんだけども。関係ないから。


「え、えー、では、賛成の方は拍手をお願いいたします。」

生徒会長が続ける。口元がぴくぴく動いている。笑ってやがるな。



パチパチパチパチパチパチパチパチ



反対する理由もなく、また生徒総会を早く終えたいがためにほぼ全校生徒が拍手をする(拍手をしないのは寝ていたやつぐらいだ)。


「えー、賛成多数とお見受けします。ではこれから門間工業高校山岳部は、登山部と名前を変えて頑張っていただきたいと思います。なにか連絡のある先生はいませんか。」


これにて、俺の底辺人生におけるちょっとしたイベントは終わりを告げた。はず。


◎ ◉ ◎ ◉


1年B組。門間工業高校のB組というのはこの学校No. 1のメガネ率の高さを誇るクラスである。パソコン関係のクラスだからか。しかしそれでもリア充がいないわけでもない。女子陸上競技においてのスターこと七海もその1人である。委員長にしたってそうだ。

では底辺こと俺は、メガネこそかけてはいないが。絶望的にリア充とは程遠い生活をしている。

また、先ほど全校生徒の話題をかっさらった駒沢岳斗はどうか。彼も底辺ではないが、どうやらアニメが好きらしく、非リア充の部類に入るだろう。彼はきっと、今回のイベントが彼の中の最大の花火だ。今もクラスでリア充に構われている。


「まったく。あんな個人的な用事で全校生徒を引っ張らないで欲しいよね!」

うわリア充だにげろ

「逃げんな!」がしっ

七海は俺の腕をつかんで離してくれない。

「あーあ。せっかく楽しく隼人とお話してたのにさー。」

いつの間にか俺の乳酸菌飲料を奪って飲んでいた。やめろ。やめろ。

「……楽しかったか?」

昼休み俺を馬鹿にしてたじゃねえか。


◎ ◉ ◎ ◉


何時ものように素晴らしく何もなく終えた放課後の教室だ。

テストの前の週であるため部活動もなく、当然のように七海と家に帰るために学校の自転車置き場にある俺の自転車(愛車)へと向かおうとしていた。テスト勉強?そんな物はない。存在しない。

「アンタってスポーツ出来ないくせに成績悪いんだから、救い様がこれっっっぽっちも無いよね」

と、七海が人差し指と親指の隙間を塵ほどの隙間を空けて俺に言う。

「うるさい。底辺で悪かったな。」

「出たよ開き直り。浅香隼人(あさかはやと)の伝家の宝刀!」

このアマ。はやし立てやがる。


「あ、あのー……」


そんな事を話していると、後ろからか細い(・・・)声で話しかけられた。


「……?どうした?今日の主人公」

同じクラスの駒沢岳斗その人が後ろに立っていた。目立たないくせにやたらと身長のある体は、近くで見るとやはり威圧感がある。登山部と言うのはイメージ通り体力が必要なのだろうか。腕の筋肉がワイシャツの腕から分かるほどはっきりしている。こいつなんで非リアなんだよ。

その駒沢は苦笑いしながら話を続けてきた。

「や、やだなあ。やめてくれよ。恥ずかしいじゃないか。今日だって近藤先生に無理矢理やれって言われてやったんだし……」

駒沢はぼさぼさの頭を掻いて恥ずかしそうにしていた。

「まどろっこしいわね。本題に入りなさいよ。」

七海が駒沢を急かした。別に急ぎの用事は無いんだから、良いだろうに。

そう言われて駒沢は曲がった背筋をぴんとのばし、俺へと顔を向けた。

「ご、ごめんね、七海さん。…………えっとね、隼人くん。頼みがある。とても大事な。」

…………委員長にも同じ事を言われた気がする。デジャヴか。デジャビュなのか。






「隼人くん!登山部に入ってくれないかっっ!!」







「いいじゃん。やれば?隼人?」

七海(おめー)が答えるんじゃねーよっ。」






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