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この木なんの木しいたけの木

「椎茸の木?」

 椎茸の木、椎茸の木……

「椎茸って実なの?」

 倉橋さんは呆れたように一つ、肩で息をすると八橋を口に放り込んで篭った声で言った。

「山から原木を切り出して椎茸の元になる菌を植え付けるの」

「何そのワイルドでバイオな感じ、行きたい!」

「絶対ダメ、危ないし」

 いつもお世話になっている方々にと買ってきた京土産。家から1番遠い倉橋さんちで最後だ。

 長寿庵の金平糖や雅堂の生八橋と一旦堂茶舗のほうじ茶。それなら一緒にと倉橋家の縁側で古都スイーツを楽しんでいた。祖母ちゃんちほどではないが、山付きの広大な

1軒家。広い庭にある車庫の中にはトラクターやブルドーザー的な何かまである。祖母ちゃんは自分で小規模な畑をやっていたが、農地は主に小作人に作らせて年貢を

取っていたので大型機械は無かったがこっちは本気装備だ。さきほど巨躯のわりにに、こにことした可愛い顔の旦那さんがチェーンソーや工具の類を軽トラの

後ろに放り込んで出かけて行った。紺のツナギに農協キャップが素敵だった。

「見るだけでもだめ?」

「自分の格好見てみなよ」

 倉橋さんはジーンズにTシャツなのに対して私は黒のノースリーブのワンピースだ。おまけに9cmのヒール。

「そんな大巨人でいけるわけないじゃん」

「なんか否定のしかたおかしくね!?」

 そりゃ確かにこの靴だと180cm近くなるけどさ。155cmぐらいの倉橋さんと並ぶと母娘のようだ。頑張ればお姫様だっこだってできるかもしれない。

 がっかりして膨れた私を見て、また倉橋さんが肩で溜息をつくと、しょうがない顔をして言った。

「ちょっと待ってて」

 靴を脱いでお尻を軸に座敷の方に体を回転させると奥の部屋に引っ込んで行った。ほどなくして帰ってきた倉橋さんは白くて長い布を肩の高さからぶら下げて

歩いてきた。倉橋さんのツナギだ。

「これに着替えて」

 5分後、1日体験入村者完成。しかし足も腕も7分丈だ。

「足は長靴はくから大丈夫、腕はこれで守って」

 はい来たファーマーズガントレット。ピンクの可愛い柄だ。これで軍手をはめればフル装備と思っていたら、倉橋さんが背後から私の頭にぽんと何かをのっけた。

 ヘルメットだ。そして外に出たところですごいマシンが登場。車庫の奥から出てきたのは畳1畳ほどの台に椅子とキャタピラがついた戦車みたいな何か。ドドドドドと音を立てながら

倉橋さんがレバーを操作して登場した。

「何それ超クール!」

「クローラーだよー」

 クローラーを停めて爆音に負けないように声を張った倉橋さんが親指を立てて自分の背後を指差した。クローラーの後ろには箱型のトレーラーが連結されている。

 どこまで男前なんだ倉橋さん。ねーちゃん乗りなってか。さっそく搭乗して倉橋家を出ると、農道を時速10km以下で爆走するクローラー。クッションは無いようで

座っているとお尻が痛い。うんこ座りをして後ろの枠に捉り、遠ざかる倉橋家を見ていると、思わずドナドナを口ずさんでしまった。

 前方に振り返って男前な倉橋さんの背中を見ているとキャップを被っているのに気づいた。

「ヘルメットはー」

 倉橋さんは振り返って横顔を見せながら言った。

「私はいいのー、守るべきは千野さんだからー」

 惚れてもいいですか。ど素人の私を山に連れていく事は思った以上に困難らしい。無理言ってごめん倉橋さん。

 走る事5分、ご主人の軽トラが停めてある広場へと到着。どこだ?椎茸の木。と思っていると、倉橋さんが電話をかけはじめた。

「ちょっとモノレール下して、うん、うん、千野さんが椎茸栽培見たいんだって」

 電話を終えて山の上を眺めている倉橋さんの横に行くと、木が切り開かれて山肌に鉄骨のような物がある。地上50cmぐらいに縦の柱と組み合わされてレールのように

山奥へと続いているようだ。

「モノレールってあのモノレールなの!?」

 倉橋さんは私を見上げてにっこり笑った。

「うん、そう」

 やがて山奥からドドドとまたもや爆音が聞こえて来た。そして最終コーナーを回って姿を現したのはワゴンのような乗り物。後ろ側にエンジンがついているようだ。

 そのワゴンがやがて目の前に来て、口をぱくぱくさせながら言葉を失っていると、レールの終端で自動停止した。

「乗って」

 ひょいっとワゴンに乗って倉橋さんが手を伸ばしている。手を取って引っ張り上げてもらうと倉橋さんは斜面下側の手すり

に私の手を導いて握らせた。またドナドナのようにしゃがんだ私が体を捻って上側を見ると、倉橋さんは上側の手すりにすとんと座ってこちらに足を投げ出した。

 そして半身を捻ってエンジンのレバーをパンと払うように山の上に向かって弾いた。ガクンという軽い衝撃と共にモノレールは山を登りはじめた。

 一体どこに売られるのだろう。私は斜面の下、倉橋さんは上という形になるので、真っ直ぐ後方を眺める倉橋さんを私は見上げる形になる。私の視線に気づいた

倉橋さんが目線を下げてにっこり笑った。倉橋さんの背後からトンネル状の緑がキラキラと木漏れ日を漏らしながら、後光のように私へと向かって広がってくる。

 あかん、まじで抱かれてもいいかもしれん。

「あ、ほらイノシシのぬた場だよ」

 ぎょっとして指差す方を見ると、泥の中で何かが激しく暴れたような形跡がある。

「何それ怖い、ここにいるの?イノシシが捕らえた獲物をぬたぬたと食べてるの?」

 倉橋さんは悪戯っぽく笑って言った。

「大丈夫、襲ってきたら守ってあげるから」

「ほんとだよ?武器は?」

 倉橋さんはキリっと眉毛を吊り上げると、口を1文字に結んで拳をポキポキ鳴らした。この人ならマジでやりかねん。いやきっとやるだろう。なんかこう、ゆらっと

重心移動しながら手を互い違いに払ったらイノシシがきりもみ回転で吹っ飛んだりするんだ。やがて山奥からモノレールのエンジン音とは違う甲高い音が聞こえて来た。

 この音は聞いた事ある。映画で悪者が使うやつ、チェーンソーだ。モノレールが開けた所に出て傾斜がなくなり、レールの終端が見えてやはりその終端で停止した。

 ワゴンから飛び降りた倉橋さんがまた下から手を伸ばしている。もうコケるふりして抱きついてしまおうか。そこからさらに歩く事3分。たくさんの木が倒されて

その中心でご主人が手元から木屑を噴出させていた。近づいて行くと、手が離せないご主人が倉橋さんにちらっと目配せをした。すると流れるような動作で近くにあった鉈

を腰に装備してすっぱ抜いた倉橋さん。おもむろに倒れた木の上の方の枝を掴むとザザザと枝の塊を引きずり始めた。

「えええええ」

 どうやら幹とは切り離されているようだ。そしてうずたかく詰まれた小枝の山の所までいくと、鉈をふるってスパスパと解体しはじめた。

 言葉にできない。なんか紙を切るようにスパスパだ。あっというまに解体処理を終えると、鉈をストンと鞘に納めた。侍か。ちょうど幹を切り終えたご主人もエンジンを止めて汗を拭った。

「ようこそ、椎茸農場へ」

 言ってる間に倉橋さんは近くにあった水筒からお茶を注いでご主人に手渡している。小さい倉橋さんが見上げるでっかいけど少し童顔のご主人が、にこにこ見下ろしている。

 くそ、うらやましいな、なんて素敵な夫婦なんだ。

 それからドリルで木に穴を開ける作業。小さなコルク栓のような菌をハンマーで打ち込む作業。原木を野積みにする作業を体験させてもらった。細い木をヒーヒー言って。

運ぶ私に比べてわりと太い木を両肩に担ぐ倉橋さん。逆にお姫様だっこしてもらえるかもしれない。ご主人はいわずもがな。中国のまな板みたいな太さの幹を発泡スチロール

のように運んでいる。なんか色々いい体験させてもらっていい夫婦を見せてもらった。半分悔しくて半分ほっこりした。

 帰りに去年仕込んだ椎茸の原木を一本お土産にもらった。風通しのいい木陰にでも置いとくといいそうだ。しかしいつ芽吹くのかはその年の気候次第なのだそうだ。

 心待ちにしていたがなかなか芽吹くようすは無い。そうして椎茸の事などすっかり忘れて1ヶ月。ふと木を立てかけてあった庭の端っこを見た。

「キモッ!」

 木全体を白と茶色のグラデーションクラゲのような物体が覆っている。

 なんかこう、体を曲げて天に向かっている様子が意思ある生き物みたいで怖い。そして肌の質感がなんか生々しい。後ろ足の次はこれかー。

 私は覚悟を決めて手を伸ばした。話し好きの田中さんの所に持っていかなければならないからだ。

「あら綺麗な椎茸、ありがとね、っていうかなんでそんな憔悴しきってんの」

「し、椎茸収穫したから」

「はあ?」

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