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獣王倉橋

 産後の体型復活にと始めたヨガ。そのヨガ仲間の倉橋さん。私が職場に復帰してから教室へは行っていないが親交がある。今日は一緒にお茶した後、倉橋さんの車に積んであった

かぼちゃをたくさんもらった。話好きの田中さんにもおすそ分けせねばなるまい。しかし最近、そのかぼちゃが植わっている畑を害虫に荒らされて困っているそうだ。

 ここは私も知恵を絞って倉橋さんの畑を守りたい。何せその類の葉っぱが好きな害虫には覚えがある。自信満々にそれはウリハムシなのか、ウリハムシなのだろう?と聞いてみた。

 しかし帰ってきた答えはとんでもないものだった。

「え?いやイノシシとか鹿だけど」

 ……害獣だった。

 いきなりラスボス出現。哺乳類だよ。スライム以下の虫しか倒せない私が偉そうに上から目線をしてしまった。フェンスや電撃網で篭城戦をしているそうだが

イノシシはイノシシファングで地面を掘って、鹿は鹿ジャンプで超えてくるそうだ。なんという仁義無き野生の王国。しかしそんなものを養えるアンタの畑はいかほど?私と同年代で

小さくて可愛いわりには畑仕事をしたり獣と戦ったりと、かなりのワイルドライフだ。ひのきの棒しか持っていない私がアドバイスなんぞおこがましいのに何故気づかなかった。

 さすがにそれは打つ手無しか。と思っていたら、もうすぐ猟が解禁になるそうだ。山千山千の猛者達が、勇者の火筒を携えて集結するらしい。思わずゲームの雑賀孫市のような

ワイルドな男を想像をしてみたが、平均年齢は70ぐらいだそうだ。ですよねー。

 そんな倉橋さんから今日また電話があった。

「しし肉いる?」

「え?爺ちゃん達が仕留めたの?くれるの?」

「うん、もしよければ」

「いる、いる、ジビエいる!」

「どうしようかな、すごいたくさんあるんだけど」

「欲しい、欲しい、たくさん欲しい」

 フランスで食べたシュヴルイユやマルカッサンは素晴らしかった。野生動物がこんなにも柔らかくて美味しいものだと認識したのはまだ世界の空を飛んでいた20代の頃。

 それをタダでくれると言うのだ。次の休日、私はあらかじめ買っておいた高級な紅茶を可愛い袋に入れて倉橋さんを待った。もうすぐ家につくという電話が入り、私は

玄関を出て歓迎の用意をした。するとそこに現れたのは一台の軽トラック。ツナギ姿の倉橋さんが降りて来た。

「こんにちは、待っててくれたの?ちょうどよかったこっち来て」

 言われる通り軽トラの荷台側に回るとめちゃくちゃ巨大なクーラーボックスが載っている。倉橋さんは慣れた手つきで荷台の横のロックを外すと荷台をオープン状態にして

上半身を乗り出し、クーラーの取っ手を掴んで引き寄せた。

「前足がいい?後ろ足がいい?」

「は?前?なんて?」

 紅茶の袋を両手で持ったままぽかんとしていると倉橋さんがクーラーの中からぐいっと肉の塊を引っ張り出した。この形は見た事あるぞ。クリスマスになったらスーパーに並ぶやつだ。

 チキンの腿肉。しかしデカさがはんぱない。私はゴクリと唾を呑んで倉橋さんの握っている足首部分を指差した。

「け、け、け、」

 私の指差した部分を見て倉橋さんが笑った。

「ああ、毛ね、足の所は皮が剥がしにくいのよ」

「け、け、けづめ」

「ああ、ひづめね、やっぱ取っといたほうがよかった?」

 私の視界は白くなった。

 小さな倉橋さんに170cmもある私が抱きかかえられて気がついた。

「大丈夫?ごめんね、やっぱ取っとくべきだったね、出かける間際に冷蔵庫から出して気づいたから、切り落とそうと思ったんだけど手近にノコギリも鉈もなかったのよ

千野さんイノシシ食べ慣れてそうだったから大丈夫かなって」

 何を言ってるのだチミは。可愛い笑顔とホラーな内容が噛み合ってないぞ。なんかひぐらしの声が聞こえてきた。それに私の好きなイノシシは皿にちょこんと乗ったやつだ。あと冷蔵庫でかすぎ。

 しかしここは好意を無にしてはいけない。獣の足がなにするものぞ。人は命の上に立っているのだ。そうだここは子供達への教育としても見ておいてもらおう。私は

自分を奮い立たせた。よろよろと立ち上がり。紅茶を倉橋さんに押し付けると、クーラーの中を覗いた。そしてゆっくりと手を突っ込み、足首を握った。しっとりとして、かつひんやりした

感触がなんとも言えない。毛とひづめの部分はなるべく目線を逸らした。

「う、う、う、」

「大丈夫?無理しなくていいんだよ」

「だ、だ、だいじょうブイ」

 動揺のあまり下らない事を言いながら私は腕に力を込めた。

「う、う、う、」

 ずっしりとして、他の何ともちがう感触。足首の骨を伝ってくる挙動でその先についているものが木の棒でも水風船でもなく、肉である事がわかる。

「う、う、うーーーとったどー!」

 私はイノシシの足首を頭上に高々と掲げた。目の前にある赤いサンドバックのような物体。私は軽いめまいのような感覚と闘いながら機械仕掛けのような動きで

玄関に向かった。倉橋さんが後ろから心配そうに声をかける。

「大丈夫?解体できる?」

「だいじょうブイ」

 我が家には牛刀がある。牛刀なのだからイノシシぐらい余裕のはずだ。そう思いながらギコギコと足を進めたが、玄関口まで来てはっと気づき、私は振り返った。

「お、お茶飲んでいくヨロシ」

 結局大まかな解体は倉橋さんにしてもらった。まな板の上に残った大腿骨はどうすればいいのだろう。ゴミに出したら事件になりそうだ。あの名作映画ごっこにでも使うか。

等と思っていると、それは倉橋さんが引き取ってくれた。本当にありがとう。

 それにしてもワイルドすぎるよ倉橋さん。ヨガ教室では野郎共にモテモテだったけど、到底たちうちできるような器じゃねーぞ。とんだもものけ姫だよ。

 倉橋さんが帰るとさっそく話好きの田中さんの所に切り分けたお肉を持っていった。

「あら、ぐうぜんね、私も千紗ちゃん所にお肉持っていこうと思ってたのよ、鹿肉、ちょうどよかったわね」

「え?それ前足?後ろ足?」

「は?前?なんて?」

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