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美しい害虫

どうでもいい生活上での出来事です。

 私は最近パセリをよく食べる。よく食べるといってもがっつりと満腹になるまで食べるという意味ではない。彩りをよくするためにちょこんと置かれているパセリを食べるのだ。

 しかしパセリというのは難しい。色が悪く、みずみずしさも失われたパセリは食べる気がしない。しかしよく考えれば収穫というか、切断してパックに入られて製品になった時

 美しく美味しいよタイマーは作動する。どの野菜もそうだが、パセリはことさらにその寿命が短いのだ。そこで私は一計を案じた。自作すればいいのだ。種をまき、葉を育て

庭に常にパセリがあればいつでも新鮮なパセリを食卓の彩りとする事ができる。家族には見向きもされないが、皿にひとひらの花びらとして添える事に私の喜びがあった。

 むなしくも皿に残されたパセリは物悲しいが、彼は立派に役目を終えて燃え尽きた戦士なのだ。私はそのパセリを摘んで今日も食べる。

 しかし私は戦慄した。私の可愛いパセリに敵が現れたのだ。黒と緑の縞模様、頭が大きくて触ると強烈な匂いの角を出して威嚇してくる悪魔の芋虫。おのれ、私のパセリから出て行け。

 その程度の攻撃に屈するとでも思ったか。私は割り箸で悪魔を摘んで地面に落とし、無慈悲に踏み潰した。ふははははは、虫ごときがなにするものぞ。私のパセリに手を出した報いを受けるがいい。

 当然の事だと思っていた。たかが虫が人様の物に手を出してタダで済むはずがない。私は容赦なく死の制裁を加えた。

 しかし私は気がついてしまったのだ。プランターの横の地面にひっそりと落ちている羽に。後に調べて判明する事だが、キアゲハの朽ち果てた姿だった。胴体は既になく、羽だけが雨に濡れて地面に

張り付いていた。私の敵である芋虫との共通点に気づいたのは、私のインスピレーションだったのか、彼女の能力だったのかはわからない。羽だけになって地面に張り付いていたキアゲハは

私に強烈なメッセージを残していた。私のプランターにわが子を託して力尽きたのだ。どうか無事に育ってくれと。ふむ、私とて人の母。その気持ちがわからんでもない。私はキアゲハの母の顔を立てて

一番端のパセリに限って食い荒らす事を許した。踏み潰す事はやめて、割り箸で一番端のパセリにこの蝶の子供達を移動させたのだ。

 死してなお子供達を守り続けたアゲハの気持ちを汲んで私は3本あるうちの一番端っこのパセリを芋虫達の糧として与えた。気持ちが入れ替わり、害虫だと一蹴せずに別の角度から見ると

今まで見えなかったものが見えて来た。頭を動かしてもぐもぐと葉っぱを食べる姿が可愛く思えてきたのだ。そうしてよく食べる様子をほほえましく見守っていた。しかしそれは1週間と続かなかった。いきなり巨大化したのである。

 1センチに切ったパスタほどの大きさだったアゲハの幼虫はむくむくと成長し、また食欲も二乗に比例して大きくなった。株の中心から新芽を出して頑張っているパセリだが

とうてい追いつかない食欲になってきた。あらかた美味しい所を食い尽くしたらしい芋虫達は次の株にも襲い掛かった。まあいたしかたが無い、お前達の母との約束だ、好きなだけ食うがいいさ。

そして小指ほどにも成長した数匹の芋虫。ついには3本目のパセリも食いつくしてしまった。くっ、こうなりゃお前達の食欲との勝負だ。私はホームセンターにやってきた。

 しかし季節が少し遅く、パセリの苗は置いていなかった。種から育てるのでは間に合わない。私は次のホームセンターへと向かった。そうして巡り巡って3軒目、やっと見つけた。

 売れ時を逃して多少トウの立ったパセリの苗。もってこいだとばかりに店員さんを呼んでパセリのトレイを指差した。

「これ全部ください」

「はい?」

 トレイの中には数個の開きを残してかなりの量のパセリがある。一度でいいから高級ブランドのバッグが並んでいる棚を指差して言ってみたい台詞を誇らしげに言ってやった。

 もって帰るのが難しいだろうと、店員さんはトレイごと大きなビニールで包装して紐までつけてくれた。ちょっと遠いお店だができるだけここに来るように努力しよう。

 新たに追加したプランターにぎっしりと植えてパセリの森ができた。

「さあお食べ」

 一匹づつ箸で摘んで移動させる。体をくねらせ、角を出して抵抗しているが所詮は芋虫、手も足も出ない。もこもことした体をくねくねさせている様はちょっと怖かったが

無事に引越しが済んだ。さっそく新鮮な若い芽にありついた芋虫達がもぐもぐと口を動かしている。

「ふふふ」

 私は満足げにその様子を見ていたが、こいつらの食欲を舐めていた。あれだけのパセリの森が3日で消えた。苦肉の策でスーパーで買ってきたパセリを与えてみる。

 食わない、なんという贅沢。じゃあ新鮮なキャベツならどうか。見向きもしない。好き嫌いしてんじゃねぇ。どうしたものかと頭をひねっているそんな時、話好きの田中さんに家の前で捕まった。

 家庭菜園でパセリを作りたいのだが苗がもう売ってないと打ち明けると、なんとも有難い返事が返ってきた。

「それなら叔父さんちの畑にいっぱいあるよ、もらったげようか?」

 叔父さん?まさか最近まで人糞を畑にまいたりしていたあの井上の爺さんか。しかし背に腹は変えられない。田中さんと一緒に井上氏の畑に行くと、案の定そこにいた井上氏。

 畑には様々な野菜に混じってこの木なんの木だってほどのパセリが青々と繁っていた。凄まじい威力だ人糞。しかも一列全部がパセリだ。いったいどうしたかったのだろう。

 そして使い道が無いからいくらでも持っていっていいとの事、なんで作ったんだよと突っ込みたいがそこは渡りに船。

 そんな気前がいいと思っていなかった私は一度出直してゴミ袋を掴んだ。軍手と長靴で武装してビール券を握り

 畑に戻った私は遠慮する井上氏にビール券を押し付け、容赦無しに土ごとパセリを引っこ抜いた。ああ、また車が泥だらけになる。何やってんだ私。しかしこうなりゃ意地だ。

 あの子達は私の手で立派に育てて見せる。人糞畑の中で誓った。

 これでどうだといわんばかりに3本の巨大パセリを新たなプランターに植える。あまりにも巨大すぎて子供達がどこにいるのかわからない。

 しかしそれもつかの間、約半分ほどを食い尽くすのに時間はかからなかった、親指のように成長した芋虫はちょっと怖い。

 だが私が庭でプランターの前にしゃがみこむ時間は確実に長くなっていった。

 会社で遅くなった日は懐中電灯で芋虫達の様子を見た。

「うー心情的には可愛いんだけどなんかこえーなモスラ」

 しかしまたここで異変が起こった。あまりパセリを食べなくなったのだ。そして何か元気が無いのである。私は何か焦燥感のようなものを感じた。やはりパセリばかりではだめだったのでは。

 栄養が偏りすぎて病気になったのだろうか。

 そして次の日、いつものように会社から帰ってきて懐中電灯で様子を見ていると、何か数が少ない気がする。

 いろんな角度から見てみるが明らかに少ない。私は目の前が暗くなった。鳥にやられたのだろうか、あるいは病気で死んでしまったのだろうか。

 思いをめぐらせてよく眠れなかった次の朝。洗濯物を干しているとあるものが目に止まった。雨どいの縦の部分に茶色い木片のようなものがついている。

 そうか。


 蝶になるんだ。


 忘れていた。君達は私の子供達である前に、あの美しい羽を持つアゲハを母に持っていたんだったね。

 そして次々にさなぎになっていく私の子供達。

 立てかけてある菜園用の棒にくっついているやつは緑、といにくっついているやつはその色通り茶色。凄い、自然の驚異、ちゃんと自分で身を守っているんだね。

 でも白い壁にくっついているものは何故か茶色い。バリエーションが2つしかないようだ。ならばそれ相応の場所選べよ。

 そうしてパセリを食い荒らされる事もなくなり、平穏ながらも少し寂しい毎日を送っていた。

 さなぎの様子を見ると、既に空っぽになっているものもある。ちゃんと飛んでいけたのかな、カマキリに食われてないかななどと思いを巡らせると胸の奥がむずがゆかった。

 そして弁当を詰める時にパセリを添えられるようになった。ある朝、ハサミが見当たらなかった私は包丁を持って庭に出た。そしてパセリの前まで行った所でそれはいやおうなく

目に飛び込んで来た。アゲハが羽化してカラにぶら下がっている。美しい。あの白い壁で茶色くなっていた不器用な子だ。

 私は溢れる涙を止める事ができなかった。あさっぱらから庭で包丁を握り、大泣きしている不気味な女。ご近所さんに見られてはまずい。心の中でアゲハにエールを送り、

手早くパセリを摘んで台所に帰った。すこし様子がおかしい私を幼い子供達が心配している。

 子供を送り出し、化粧をすませて車に飛び乗ったが、ここでまたアゲハを思い出して涙が出てきた。せっかく化粧をしたのに。

 私は顔を伏せて目線だけを前方にやって運転した。涙が真下に落ちるようにだ。しかしまずい、これまた不気味な女が恨めしそうに運転している絵面だ。そしてひとりつぶやく。

「元気でね、お母さんみたいに立派な蝶になるんだよ、もう帰ってくるんじゃないよ、人んちの庭に卵産むと殺されるからね」

 

 私はパセリを見てそんな1年前の事を思い出した。

「帰ってくんなっつったろうが!」

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