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短編

死神讃歌 -叶わない夢の続きをー

作者: ケー/恵陽

サイトに以前置いていたものです。

 生きている俺。死んでいる彼ら。


 でも 会ってしまった僕ら。


 そこには何も生まれない。


 あるのはただ、異なる世界に生きる事実だけ。



*****




 それは夢のような日々でした。あなたとわたしとムイがいたとても楽しい数日間。


 わたしはまだ十三歳で何もわからぬ子供でした。あなたはわたしより四歳年上で、すごく素敵な方でした。蒼い瞳を涼しげに細めて、緑の黒髪を陽光に透かせて。わたしはそんなあなたにどうしようもなく惹かれていました。聡明で温かく、美しいあなた。時折見せる憂い顔がまたわたしを魅了しました。

 わたしとあなたが知り合って三年後、ムイが現れました。好奇心旺盛で力強いムイはわたしたちをよく笑わせてくれましたね。ムイのことは今でも思い出します。ムイはやさしい人でした。

 最近やっとムイの気持ちがわかりました。あなたがムイと彼を非難した意味も。でもわたしは嬉しかったのです。例え偽りの出会いだとしても、ムイに出会えたことが。そしてあなたの昔を知ることが出来たことが。あなたはそう思わないかもしれません。ですが、本当にわたしはあなたが好きだったのです。それは今でも変わりません。



 祭の夜をわたしはあなたと歩いていた。うっとりするような月夜にあなたといられることが嬉しかった。だらし無い顔をしていたわたしと違い、けれどあなたは厳しい顔をしていたのを覚えている。

 広場から離れた道を歩くわたし達に誰かがぶつかったのはその時だった。悲鳴を上げるわたしを、庇うあなたは凛々しくて別の意味で心臓が跳び上がった。そしてあなたに体当たりしたのは少年だとやっと気付いた。灰青の目がわたし達を捕らえたのだ。警戒するあなたに少年は額を摩りながら謝り、名乗った。

「や、やぁ……飛び出して悪い。僕はムイ。今日村に来たばかりなんだ」

 ぎこちない挨拶にあなたもぎこちなく返した。

「いや、こちらこそ。俺はソープだ」

 ムイは村外れの小屋に越して来たと言って、わたし達に村の案内を頼んだ。あなたは何故か一瞬眉間に深い皺を刻んだ。けれどあなたは次の瞬間には朗らかな笑みを浮かべ、了承した。

 わたしはあなたの表情の意味を最期にやっと知った。


 翌日村外れを訪れるとムイはすでに待っていた。赤茶けた髪は目を引いた。

「来ないかと思った」

 微笑するムイにあなたは答えた。

「約束は守る」

 その日は三人で村を歩いた。小さな村は半日も立たずに回りきれる。陽が高くなると村外れのムイの家で話をした。ムイは父親と二人でいた。出掛けているという父親とはその日会うことはなかった。

 あなたとムイは気が合ったようで沢山の話をした。わたしは二人の楽しそうな会話を意味もわからず聞きながらただ笑っていた。ただ、ただ、二人が嬉しそうにしているのが嬉しかった。毎日わたし達はムイの小屋で沢山話をし、遊んだ。五日目に彼に会うまでは。


 彼はムイの父という人だった。名前をテイナーといった。

「よくよく縁があるな。ソープ?」

 彼はあなたにひどく哀しい顔をさせた。ムイもまた驚いていた。わたしはポカンとその光景を見ていた。

「……帰る。さようなら」

 あなたはムイに呟くとわたしの手を取って逃げるように小屋を後にした。普段とは違う力の強さにびっくりしたのを覚えてる。包み込むような優しさはなく、不安を感じた。

「ムイに会いに行ってはいけないよ。あの二人はもう、村を去るからね」

 広い背中が寂しかった。有無を言わせぬ言葉にわたしは泣きそうになった。

 けれどわたしはあなたの言葉を破った。別れるなら尚更ムイに会いたいと願った。でも小屋に着く前にわたしの足は止まった。

「いくのだろう?」

 あなたの声と、

「お見通しか。テイナーに聞いたよ。ごめんね、僕のせいでソープをまた悲しませる」

 ムイの声が聞こえたからだ。

「謝るな。俺はムイを忘れない。どんな出会いでも、例えムイが死人でも出会いに罪はない。ただ俺がまた一人になるだけだ」

「僕は最期に自分の生まれた村に来てみたかった。すごくいい村だ。死んでからしか来れなかったのが悔しい。生きて来れてたらソープと親友になれた」

 あなたは背中しか見えない。ムイはあなたにまゆじりを下げて微笑した。

「馬鹿言うな。俺を遺していく癖に。言うんじゃない」

「ソープ……」

 あなたが泣いていると思った。泣かないで。泣かないで。わたしは陰を飛び出した。あなたは一瞬目を丸くして、笑った。あなたは泣いてはいなかった。

「テイナー。俺はあんたが嫌いだ」

 ムイの隣に彼が立っていた。

「私はお前を気に入っているがね」

「嫌いだよ。死神はいつも俺の友を連れていく。だから何も言うな。謝るな。感謝の言葉も口にするな。何も知らないふりをして、またなと手を振って別れろ。別れを完全なものにしないでくれ」

 あなたは珍しく熱の篭った瞳で言葉を紡いだ。わたしにはあなたの言う意味がわからなかった。でもムイと彼は神妙な顔で聞いていた。

「ソープがそういうなら。またいつか。この空の下で」

 ムイが差し出した右手をあなたは握った。強く、強く、涙の分も込めるように。わたしもムイの手を掴んだ。

「残酷だな。会えないとわかっていても再会を願うなんて。実に残酷だ」

「そうだよ。だが俺は強くないんだ」

 彼の眼は冷たかった。あなたは怯むことなく彼に目を合わせた。

「やはりあんたとは二度と会いたくないね」

「そりゃ残念。……時間だ」

 彼はムイの手を掴むとわたし達にまたな、と軽く手を振って消えた。文字通り、消えた。


 わたしにはあなたが話していたことの半分も理解出来ていなかった。だからムイはまた村にやってくると思っていたし、彼もまたムイと現れると思っていた。あなたが一年の後、故郷に帰ることになるまでは。あの時あなたは総てを語ってくれた。村に来る前あなたが故郷で出会った親友の話。彼が何者であなたと何故知り合いだったのかという話。わたしはあなたがムイのための涙をその親友のために使い果たしてしまったことを知った。故郷離れてこの村で生活していた意味も。そして最期にわたしの手を取った。

「また会おう」

 わたしを魅了した憂い顔で。



 あなたと別れて五年が経ちました。あなたは元気にしていたでしょうか。また彼に出会い心の傷を増やしていないかが心配です。幼いわたしではあなたの支えにはなれませんでした。でも幼いままの子供ではもうありません。わたしは今度こそあなたの支えになります。出会いに喜び、別れを乗り越えられるようなあなたでいられるために。

 だからあなたと別れに際した約束を果たしに来ました。

 あなたは一人で遺されたはずはありません。あなたを一人遺したりしません。わたしはあなたに強さをあげます。だから、だからこの扉を開いた時に笑ってください。憂い顔では決してなく、あなたの心からの笑顔をみせてください。


 わたしの掴んだドアノブ。その向こうに待つのは――



「よく来たね。ピアノ」



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