(9)
南京路から南に入った雲南路と言う小さな通りには、小吃―軽食を食べさせる小さな屋台が多く並んでいて、彼らはそこで軽く夕食を済ませた。熱い湯をすすっている間、リーナは、さて、目の前の少年をどうしたものか、と考えた。
自分のアパートに連れて帰っても構わないけれども、それは少年の方で嫌がりそうだし、一応、情夫と言う立場の修英はよい顔はしないだろう。かと言って、馬羽はアパートを追い出されたらしいし、月陵にもう一度預かってくれ、と頭を下げるのは面倒だ。
リーナがそんな事で頭を悩ませている時に、馬羽が突然顔を近付けて、フランス租界の外れに面白い場所があるから行ってみないかと誘って来た。
「この子も連れていて大丈夫?」
そうだ。安ホテルの一室くらいは借りてやって、この二人をそこに泊めてやればいい。馬羽にこの子の面倒を見させる為には、ちょっとくらい夜のお遊びに付き合ってやっても構わない、とリーナは思った。
「お坊っちゃんにはちょっと刺激が強いかも知れないが、いい勉強だと思えばいいんじゃないの」
しれっとそう言い、馬羽がタクシーを飛ばした先は、フランス租界も外れ、徐家匯に近い地域だった。閑静な住宅街にある、何処から見ても落ち着いた瀟洒なフランス風の邸。
だが、鉄の門扉をくぐり、邸内に一歩足を踏み入れると、何処からか一種熱気のようなものが冷えた空気を伝って来た。
「馬羽様、ご無沙汰振りで」
お仕着せのボーイ服に身を包んだ若い男が、笑顔で一行を屋敷内に迎え入れる。
玄関でコートを預けていると、奥から若い女の嬌声が聞こえて来た。リーナが眉をひそめて馬羽を見、一人の方に注意を促した。
「淫売宿なんかじゃないよ」
馬羽が笑いながらリーナに耳打ちした。
ボーイに案内されるがままに更に奥へと進むと、世間知らずの一人にさえこの屋敷の意味を理解した。
先ずは大広間。中央には大きなルーレット台が二つ並んでおり、中国人、西洋人を問わずテーブルを取り囲んだ客たちは勝負に没頭し、一心にルーレットの回転を 凝視している。その隣にはカードゲームの卓。二階に目をやるとそこは小部屋に分かれていて、そちらではいささか厳粛なムードの中、粛々とゲームが進められ ているようだった。