(6)
「仕方ないでしょう。本人が帰りたくないと言うのだから」
リーナが不機嫌そうにシガレットの煙を吐きながら言う。
月陵が冷たい視線でリーナを見詰めている。その横で、馬羽が困ったように眉を下げている。
南京路、上海随一の百貨店で名の聞こえた先施公司近くと言う、一等地にあるビル内だ。その広いワンフロアは、林修英が新しく手に入れた城だった。
まだテーブルが入っていないフロアはガランとして、華やかな世界を想像しにくいが、何日かすればここに何十ものテーブルが入り、フロア中が眩いライトで照らされる。開店すればきっと、何処の高級クラブにも引けを取らないだろう。
その片隅に月陵、馬羽、リーナ、そして一人が顔を合わせていた。
何の飾りも無いカウンターに凭れて、リーナは腕を組み、月陵を睨んでいた。
「帰せと言うのが、従兄さんの命令だ」
「だ から、城内の周邸にも行ったのよ。門は閉ざされていたし、明かりが灯ってなかったわ。何度も呼び掛けてはみたけど、人の居ないのは一目瞭然。寧波幇の世話 人だか周公命のお弟子だかが、青幇が探りに来るようじゃ安心して周太太を邸に置けないと判断して、何処かに避難させたのじゃないの」
リーナは挑発的に言い返した。月陵が鼻白む。
「だから?」
「だから? あんたは、こんな子供を上海の街に放り出せと言うの? しかも、彼が怪我をしたのは修英の所為なのよ」
「放り出せなんて誰も言ってないよ」
「言ってるも同然だわ。薄情ね。だから上海人は嫌いなのよ」
「あんたらしくないな。どうしてそうムキになる?」
「わ たしらしくない? わたしらしいってどう言うのよ。体の線を強調した旗包に身を包んで派手な化粧をして、ベッドで男に仕える事だけが使命だと思ってるような女? それとも、手練手管を使って寝物 語に彼に悪事をそそのかす悪女? ええ、正直に言うとそんな女の振りもして来たわ。でも、そんなお遊びにはもう飽きたのよ。少しは私の言う事も聞いて頂 戴」