(3)
ドアを閉めた途端に、階段をリーナが上がって来るのが見えた。
今夜は髪を撫で付け、黒いタキシードに身を包んでいる。ステージ用の派手な化粧が眩しい程だ。片手にバーボンの入ったグラスを持っている。
「タイが曲がってるわ」
階段の途中でリーナは目を上げて言うと、断りもなしに腕を伸ばし、月陵のタイを直した。
「落ち込んでいるのかしら」
されるがままになっている月陵の顔を覗き込んで、リーナは微笑む。
「覇気の無い顔ね。せっかくの美少年が台無し。叱られたの?」
「子供じゃあるまいし」
「子供だもの。いつまでも修英から一人立ち出来ない男の子」
「あんたに言われたくない」
「相変わらず私には冷たいのね。あなたと彼との間に割り込んで来た女だから?」
「従兄さんにとってあんたが初めての女でもあるまいし」
「特別な女はわたしが初めてよ」
月陵は鼻白んだ目でリーナを見返す。
「僕が周公命の葬儀に人をやったのを従兄さんに知らせたのは、あんたか」
「何の事?」
「彼から僕を引き離したいのは、あんたの方だろう?」
トン、と月陵の胸を指先で突くと、リーナは鼻で笑った。
「馬鹿な事言わないで。そんなつまらない理由で女々しい手なんか使わないわ。それに、わたしは別にあなたを嫌ってはいないわよ。弟として可愛らしく振舞ってくれれば、それで充分なの」
「無理だな」
月陵はそう答えるとリーナに背を向け、階段を降りて行った。
その背中を見送りながら、リーナの表情から皮肉な笑みが引く。
片手に持っていたバーボンのグラスを少しだけ舐めながら、彼女は呟く。
「余計な事をされると鬱陶しいから、追い払っただけよ―」
青みがかった瞳からは妖艶な色香は失せ、それは、ただ冷たく光っていた。