(1)
ガランとしていたフロアにテーブルが並ぶだけで、随分と印象が違う。
テーブルとテーブルの間は、ゆったりと余裕を持たせた。それだけで、何処となく高級感漂う雰囲気を感じるでしょう、と内装設計担当者が早口で言う。カウンターは磨き上げられたマホガニー、酒棚は英国から取り寄せた、舞台は『桃源』のものより倍以上の広さ、そして、何よりも素晴らしいのは窓際の席か ら見下ろせる、星の波のような上海の夜景――
設計者は満悦顔でまくし立てる。
それを聞いているのかいないのか、修英はテーブルとテーブルの間をゆっくりと歩いていた。設計者が喋っている間に音も無く入って来た月陵が、カウンターに背をもたせかけたまま、黙って修英を見ている。
修英はその視線に気付き、紫煙をくゆらしながらにやりと笑った。
「どうだ?」
月陵は片眉を微かに上げる。
「素晴らしい。まさに『上海星星』の名の通り」
硬い響きがその言葉にこもっているのにも気付かず、小太りの設計者は丸い顔に満面の笑みを浮かべて胸を張った。月陵は、さりげなく彼から目をそらす。
修英は月陵のそんな態度もあらかじめ予想していたのか、笑みを崩さず、テーブルのひとつに置いた灰皿で煙草を消した。
「ここが、これからお前の城になるんだぞ」
「僕のじゃない。あなたのだ。僕はあなたがやれと言うからやる。それだけです」
「まぁ、いいさ。何を意地になっているのか知らないが、ここに客が入ればそんな意地も消し飛ぶさ。来いよ」
修英が手招く。
月陵は仕方なく、修英に歩み寄った。修英は月陵の背中に手を回すと、窓辺までその背を押しやった。
眼下に広がる、上海の街。
しばらくの間、無言で二人は音の無い、喧騒の街並を眺めていた。
「月陵――」
修英は静かな声で従弟の名を呼ぶ。
「これからは、林の兄たちについて行け」
月陵は自分の耳を疑った。従兄の横顔を見上げると、街を見下ろしながら、彼の目は遠い何処かを見詰めているようだった。
「必ず俺が彼らにお前を認めさせる。そこまでは後押ししてやる。だが、その先は、お前の足で歩け」
月陵の薄い唇が震える。
「僕は――そんな事を望んじゃいない」




