(10)
城内である。
名庭で知られた豫園近くの、小じんまりとした茶館。人気の無い奥まった小部屋に、その男は居た。
地味な長袍に、特徴の無い顔。一見すると四十半ばかとも思うが、その肌の張りを見れば三十代前半にも見える。年齢不詳だ。人の注意を引くとすればその一点だけで、後は何処に居ても人込みの中に紛れ込んでしまえるような男である。
「ここの茶は美味いよ」
男が言う。〝彼〟は杭州近くで採れる茶葉を注文した。
「花茶しか飲まないあんたにしては珍しい」
「たまにはね」
〝彼〟は男との無駄話が、たまらなく鬱陶しかった。用はさっさと済ませたい。
「元の行方がわからない」
運ばれた茶をすすりながら、〝彼〟は本題に入った。
「後始末に手間取っているのだな」
「処理の仕方を、最初に聞いてなかったのでね」
男――本名を松浦と言う日本人は、微かに気分を害したようにちらりと〝彼〟を見た。
「南京路のクラブのオープンが明日だそうだな」
「是的」
「盛大にやるがいいさ。林修英。急進気鋭な若い男ほど、その基盤は脆いものだ。人間と言うものは意地の悪い動物だからな。そんな男が急激に台頭すれば、必ず叩こうとする奴が現れる。後は、高みの見物と言うヤツだ。勝手に殺し合えばいい」
松浦の冷酷な言い様に、〝彼〟は眉をひそめる。
「どうした。今更、心が動くのか。林修英が殺されるのを見るのが厭か?」
「――訊くな」
〝彼〟は男の嗜虐性をうらんだ。
「最 初からそう言うシナリオの筈だ。青幇を揺さぶって、その隙に入り込む。上海ほど阿片を捌くのに好都合な街は無い。大連から上海、華南、東南アジア。あれが 船に積み込まれる度、どれだけ莫大な利益を生むかは既に英国が証明済みだ。その為には、上海を手に入れなくてはな。お前もそれが分かっていて俺に手を貸し た」
「あんたに手を貸したわけじゃない…」
「俺たちの未来に尽力した、と言い換えようか。どちらにしろ、こちらが撒いた餌に食いついた自分の若さを呪う事になるだろうな。野心家の林修英は」
「修英の事はいい――。それより、元だ。高が始末されて、自分もどうなるかは奴にもわかっている筈だ。放っておいたら、何をするかわからない」
「元のことは、こちらで何とかしよう」
「そう――。なら、そうしてくれ。それにしても、一体、何人死ぬのかな」
「さあ。そう言う時代なのだ、しょうがないだろう」
松浦は事も無げに言った。




