夏の雪
英語の課題である英文で物語を書けやぁにて提出予定の物語の日本語版。やっぱり、日本語って細かい表現が出来るからいいよね。
八月のある日。
雲一つ無くどこまでも広がる青空にはぎらぎらと輝く太陽が浮かび、地面を強く照り付けている。
そんな中、太陽の光に熱された灼熱のコンクリート道路を歩く少年がいた。名前は夏木涼太。ごく普通の高校生だ。
「暑い……」
額の汗を拭いながら涼太は呟く。
これからもっと暑くなるな、とも呟きそうになったがこれ以上余計なことを言うと本当に暑くなりそうなので辞めた。
汗を拭った腕を顔から離すと、少し先の電信柱の下に誰かが座っていることに気がついた。どうやら泣いているようだった。
彼は近づいて話しかける。
「大丈夫? どこか痛いの?」
座っていたのは小学生くらいの女の子だった。
どこか薄幸な雰囲気がある彼女の肌は色白く、こんな炎天下の中だと今にも日焼けしてしまいそうだった。
「お兄ちゃん……誰?」
少女は泣き声混じりに尋ねた。
「僕? 僕は夏木涼太って言うんだ。君は?」
「ユキ」
「ユキちゃんか、よろしく。ところで、どうして泣いていたの?」
「……猫を捜してた。でも、見つからないの」
「猫?」
ユキは小さな声で悲しそうに言った。
「もう何日も会ってない……」
涼太はまた泣きそうになっているユキを見て、何故か放っておけない気分になる。
「そうなんだ……じゃあ、一緒に捜そうか」
「いいの?」
「うん。それに、小さな女の子を一人にしたら危なさそうだし」
「っ、ありがとう! お兄ちゃん!」
ユキは幸せそうに笑って嬉しそうに言った。
「まず、猫の特徴を教えてくれる?」
涼太はユキに尋ねた。
「白。とにかく、真っ白な猫なの」
「そっか。それなら見つけやすそうだね。じゃあ、次は名前とか心当たりがありそうな場所とか教えてくれる?」
「名前はスノー。心当たりがありそうな場所は……覚えてないの」
「なら仕方がないね」
「でも、頑張って思い出してみるね」
「無理しなくていいよ?」
「せっかくお兄ちゃんが一緒に捜してくれるから、私も頑張らないと」
ユキは微笑みを浮かべて言った。
涼太は彼女の頭を軽く撫で、歩き出した。
「じゃあ絶対見つけよう」
「うん!」
「んー、そうだな。とりあえず誰かに聞いてみよう」
二人は商店街や駅前などを歩き、道を歩く人々に猫のことを尋ねて回った。
しかし、思った以上に手がかりが掴めないまま時間だけが過ぎていった。
その後、二人は人が多い場所を離れて、猫が隠れる場所が多そうな広い公園を捜していた。
「スノー!」
「スノー、どこにいるのー?」
「ふぅ……見つからないね……」
「うん……」
「ユキちゃん。かなり歩いて疲れたし、そろそろ少し休もうか」
涼太はそう言うと、近くにあったベンチに座った。
そして何気なく見たユキの姿に驚いた。
なぜなら、ユキは汗をかいていない上に疲れた様子も全く見せていなかったからだ。
「ユキちゃん? 疲れてないの?」
「うん、だって私は…………」
「どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
ユキは何かを言おうとして、途中で言うのを止める。
「そういえば」
話の話題を変えるようにユキは声を上げた。
「どうしてお兄ちゃんはこんなに一生懸命に、スノーを捜すのを手伝ってくれるの?」
「どうしてって……ユキちゃん、凄く困ってたみたいだから」
涼太は答えた。
しかし、それだけではなかった。
触れたら今にも壊れてしまいそうな儚い雰囲気、雪のように溶けて消えてしまいそうなその小さな姿を見て、何とかしてあげたいと思ったのが本当の理由だった。
「それにしても、どうして見つからないんだろうね?」
「分からない……昔は名前を呼んだらすぐに出てきてくれたのに」
涼太は少し考える。
そして、一つのアイデアを思いついた。
「んー……じゃあ次は丘とか、見晴らしのいい場所に行こうか。そこで呼んだら、もしかしたら見つかるかも」
「丘……思い出した! 丘! 私、スノーとよく丘に行ってた!」
ユキは少し興奮した様子で言った。
その様子を見て、涼太はベンチから立ち上がり言った。
「じゃあ、丘に行こうか」
「うん!」
二人は見晴らしのいい丘にやってきた。
街を一望出来るその丘は夕日に照らされていて、まるでこの世の場所とは思えないくらいに美しく幻想的な場所だった。
ユキは辺りを見渡し叫ぶ。
「スノー!!」
声が辺りに響いて数秒後。
「にゃー」
猫の鳴き声が聞こえてきた。
「ユキちゃん! 今の声!」
「スノー!」
ユキは指を差す。そこには夕焼けの空の下でも分かるくらいに綺麗な白い猫がいた。
彼女は走り出す。そして、しゃがんで猫を抱きしめた。
「良かった……また会えたね、スノー」
ユキは幸せそうな微笑みを浮かべて呟いた。
「にゃー……」
スノーも鳴き声で応える。
涼太はユキとスノーの様子を見て、自分も幸せな気分になる。そして一人と一匹に近づいて言った。
「良かったね、ユキちゃん。スノー」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん!」
「にゃー」
「さてと、夕日もかなり沈みかけてるしそろそろ帰らないと。ユキちゃん、家まで送るよ」
涼太が夕日を見て言った。
夕日はもうほとんど沈みかけていて、もうすぐ夜が訪れようとしていた。
するとその時。
「お兄ちゃん」
ユキは涼太を見つめ、静かに笑った。涼太は不思議そうに見つめ返す。
彼女はか細い声で言った。
「もう、お別れの時間みたい」
「え? どういうこと……?」
「私はスノーとまた会う目的を果たしたから……もう、帰らなくちゃいけないの」
「帰るって……だから、帰るなら家に」
「私が帰るのはお家じゃないの……」
ユキは一瞬表情を曇らせ、すぐに笑顔に戻って言った。
「お兄ちゃん、一緒にスノーを探してくれてありがとう。やっと、私は一人ぼっちじゃなくなる」
そして、彼女は後ろを向く。
「ちょ、ユキちゃん!」
「お兄ちゃん、本当にありがとう。たった半日だけど、お兄ちゃんと出会えて良かった。そして……さようなら」
次の瞬間。
ユキとスノーの体は光の粒子となり、夕日が完全に沈んで闇に包まれ始めた丘の上で弾けた。
まるで冬の雪のように舞い散る光の粒子は一つ、また一つと消えていき……やがて最後の一粒が地面に触れて消えた。
すると、彼はあることに気がつく。星明りで微かに照らされている場所に、首輪らしきものと小さな骨が落ちていた。そこはユキ達が消えた場所だった。
「これは首輪と……動物の骨……?」
首輪に付いていた銀のプレートには「snow」と彫られていた。
そして涼太はもう一つ気がついた。今立っている場所から遠く離れた先に墓石があることに。
彼は墓石に近づく。
墓石を見ると、そこには見に覚えの無い名前が刻まれていた。
「フユカワ……ユキ?」
光の粒子となって猫と共に消えた、ユキと名乗る少女のことを思い出す。
彼女はお別れの時間と言った。帰らなくちゃと言った。一人ぼっちじゃなくなると言った。さようならと言った。
その言葉を思い出すたびに、彼女の切なそうな表情も思い出す。
それと、手に持っている首輪に刻まれた「snow」の文字。あの猫の名前もスノー。
少し考えて……涼太はようやく理解した。
先ほどまで一緒にいた少女と、この墓石に刻まれた名前の主が同じだということに。
この首輪と骨は、あの綺麗な白い猫のものであるということに。
「あら、あなたは誰かしら……?」
「えっ?」
突然後ろから聞こえた声に、涼太は振り返る。
そこには花束を持った女性、その後ろに男性がいた。
彼はもしかしてと思い、
「あの、お尋ねしてもいいですか?」
と言った。
「はい?」
女性は首を傾げた。
「このお墓って……誰のものなんですか?」
その質問を受け、女性は少し複雑そうな表情で答えた。
「それは、私達の娘のお墓なの」
涼太はこの丘まで来た理由を話す。そしてこの丘で起きた出来事を、拾った首輪や骨を見せながら説明した。
全て話し終えると、二人は特に驚きもせず……そっと涙を流した。
「そう……あの子、やっとスノーと再会出来たのね」
「あの、差支えが無ければ……」
「えぇ、話すわ。あなたのお陰で、きっとユキとスノーは救われたと思うから」
ユキと名乗ったあの少女は数年前、病に侵され病院で長い病院生活を送っていたらしい。
その間、大切にしていた飼い猫のスノーと一度も会えなくてよく悲しんでいたという。
命が燃え尽きる最後の瞬間までスノーと会うことを願っていたが、結局その願いは叶わないまま彼女は短い生涯を終えた。
彼女が亡くなってからしばらくして、スノーは姿を消したらしい。それからずっと見つからなかったという。
「ずっと見つからなかったけど……スノーもおそらくユキに会おうとしていたのね」
とユキの母が言うと
「でも、あと少しで力尽きてしまったのだろう……」
とユキの父が後に続く。
涼太は思う。「今日、ユキとスノーが再会し一緒に旅立つことが出来て良かった」と。
彼はユキの両親に挨拶をしてその場を後にする。
暗い帰り道、ふと夜空を見上げると綺麗な星が無数に輝いていた。
時を経て彼の目に届いた星の光は今にも彼へ向かって降り注いで来そうだった。
彼はその光の姿を見て、ユキとスノーの見せた最期の輝きを思い出すのだった。何度思い出しても、その輝きは最後には雪のように地面へ溶けて消えていく。
「暑いな……今日の夜も」
涼太はそう呟き、早くこの夏が終わって冬が来ることを祈った。冬になればまた雪を見ることが出来るからだ。
少年が遭遇した夏のある日は、こうして終わりを告げた。
夏ということで、少しホラーでファンタジー的な要素をイメージしました。これ、英訳するのめちゃめちゃ大変ですよねww