電話にて。
《あんたから連絡して来るなんて珍しいじゃない! 元気にしてた?》
電話越しに、いつもは穏やかな姉の、嬉しそうな声が聞こえてきた。
その日の夜、アパートに帰った俺は、過去を振り返ったおりに久々に感じた懐かしさから、実家の姉の携帯に電話をかけた。
皆は元気か、と当たり障りの無い質問をすると、今は誰が家に帰っているのか聞いてみた。
すると、まだ小学生の、一番年が離れた弟の春也と姉の亜希子の二人だけで、誰も他には帰って来てないと言われた。予想通りの答えだ。
昔から両親は共働きで、家には姉と二人でいる事が多かった。姉の亜希子が沢山の弟達をしつけ、育てたような状態になるくらい、連絡を取るたび両親がいないという答えは毎度の事だった。
姉貴に「どうしたの明、みんなに会いたくなった?」と茶化され、そんな事ねぇよと強がりのような事を言ってみた。
「もし親父か母さんが帰ってたら、ちょっと聞いてみたい事があったんだけどなァ……」
もともとそういう目的ではなかったが、話している途中に、ふと、あの話を思い出して、独り言がもれた。無論、『灰色の空を見てはいけない』というものについてだ。
《あら、それじゃあ姉さんが、代わりに聞いておこうか?》
「大した用事でもねぇし、今度ウチに帰った時にでも話すよ」
人づてにして聞くほどの事でもないからと、姉の申し出を遠慮する。
「あの二人、携帯を持ってても、なかなか繋がらないのよねぇ」
声の調子から苦笑が伝わって来て、俺も電話越しに苦笑を返す。きっと機能を使いこなせていないのだろうと言う事は、一緒に暮らしていない俺でも容易に想像がついた。
《そんなに近くないから大変だろうけど、正月や盆じゃなくても、たまには帰って来なさいね。美味しい料理でもてなしてあげるから》
「姉貴、そういうのは彼氏にしてやれよ……」
《あんたこそ、もてなしてくれる彼女作りなさいね》
途中、そんな不毛な争いをしたり、一番下の弟と電話を代わったりしてから、眠る時間が無くなるからと電話を切った。
(親父や母さんにも直接、電話してみるかなぁ……)
近々、電話してみる事を検討しながらも、繋がらないのだろうと…苦笑を浮かべたまま眠りについた。