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学園小譚集  作者: 赤色るべら
灰色の空
2/9

おでん? 否、口伝。

「それで講義を遅刻した理由になると思ってるのか、お前達は?」


 ──本日全講義の終了後。

 同級生のくせに、まるで幾つも年上の先輩のような態度で、食堂の一角に本日の説教部屋を開催しているのは、先ほど話題に上った長身の青年、川嶋翔(かわしましょう)である。

 俺と邑井は並んで座り、向かいに川嶋と、もう一人、小柄な女が座っている。


「だって、須賀ったらいきなり怒り出すんだもん。あたしだってワケわかんなかったわよぅ」


「だから、そりゃ俺が悪かったって言ってんだろうが……」


 ────地理学の講義の直前、邑井の言葉を真に受けて見た空の一角は、よく見れば薄雲に覆われていただけだった。

 それに気付いた瞬間──思い返せばどう考えてもおかしい事に──頭に来て、「あんなの何処が灰色の空なんだよ!」と、邑井に向けて怒鳴ってしまった。

 雨が降りそうだという助言のつもりで言った邑井は、過剰に否定されたと思って「どう見ても灰色でしょうが!」と怒鳴り返し、その場で盛大な口喧嘩が勃発したのだ。

 お互いに口喧嘩の原因も忘れた頃に雨が降り始め、避難を余儀なくされたと同時に、講義の事を思い出したが、時は既に遅く、危うく遅刻としてカウントされそうな時間になっていた。

 現在は、雷をともなっても不自然ではないようなドシャ降りである。


「喧嘩を蒸し返すな、うっとうしい」


 邑井の具合が悪く、俺はそれに付き添っていた──という本人達からすればはなはだ気持ちの悪い内容でもって教授を言いくるめてくれた川嶋は、無表情は変わらないが全身から不機嫌のオーラをかもしている。


「ま、まぁ、川嶋君、もう済んだ事なんだし、そのぐらいでいいんじゃないかなぁ……?」


 今にも血管がプチッと行きそうな川嶋を制したのは、小柄な女……川嶋や邑井と同じく、講義仲間の河野智美(こうのさとみ)だ。

 川嶋は河野を一瞬にらんだが、やがて長く息を吐き出した。


「……次はフォローしないからな」


 それを聞いてやっと、俺と邑井は安堵に肩を下げたのだった。

 実は話題が終わって一番安心している様子の河野は、「それにしても」と話題を逸らす。


「灰色の空って、どんなんだろ。ちょっと見てみたい気もするなぁ」


「あらやだ、河野ちゃんたら、そういうの信じるクチだったっけ?」


 すかさず反応をした邑井に、河野は曖昧な苦笑を浮かべると、ゆるく髪の巻かれた頭を引っかいた。


「まぁうん、そういうのは確かに信じる方だけどね。いつも空って何かの色がついてるイメージしかないから、そういう意味でも」


 見たことのないものって、見てみたいなぁ、って思わない? と続ける河野に、邑井は不満げに首をかしげる。


「……まあ、確かに映像的に興味はあるな。俺も、そんな色の空を生で見た事は無い」


 少し間を空けて同意をするのは川嶋。


「でもさぁ、そういう子供の頃に聞く話ってさー…んー、何て言うの、妖怪とか都市伝説とかさ。おでん?」


「口伝?」 


「そうそうそれ。──口伝みたいなモンでしょ? 実際には見る事なんて無いから、そうして引き合いに出されるんだし」


「うー、うっせぇな、信じるかどうかは自由だろバーロー」


「夢の無い事を言えば、空が灰色になって来たら雨が降る前兆だから、ぼうっとしているなと言う事なのだろうな」


 邑井は、河野に訂正されつつ否定的な言葉を向けて来るし、川嶋も現実的な結論を出してくれた。実際、見てはいけないと言われていただけの俺に反論する材料は無いため、言い返す言葉は無い。

 河野は「本当に夢が無いなぁ」と呟きつつ、「信じるなら信じるで自由だと思うよ」と言ってくれたのだが。


「ま、見たってロクな事にゃならねえからな。見ないなら見られないままの方が幸せなんだろうけどよ」


 並列に並んでいる長テーブルに椅子の背もたれを当てるようにして、後ろのめりの姿勢になりながら、あきらめたように言い捨てた。

 それを見て、勝ち誇ったような顔になった邑井が、あのニヤニヤ笑いを浮かべた。


「ふぅーん……じゃあ見たら何があんのよ?」


「は?」


 言ってごらんなさいよ、と言いたげな邑井の言葉に、俺は間の抜けた声を漏らしてしまった。


「は? じゃないわよ、見たらダメなんでしょ? じゃあ何で見ちゃいけないのかって聞いてんの」


「……遊里、何故お前がそんなに偉そうなんだ?」


 言葉が続かなくなった俺を見かねたのか、川嶋が邑井を制する。


「あれ……ごめんね須賀君、私は灰色の空の話を知らないんだけど、結構有名な話だった?」


 河野には……いや、邑井にも……どうやら「わかって当たり前の事を聞かれた」時の反応だと見えたらしい。

 やがて俺以外の三人は、答えを待つべく黙り始めたので、俺は途方にくれてしまった。


「いや、悪ィ。何でだっけ──────────思い出せねぇや」




 その言葉ははっきり覚えていて、幼い頃に根付いた、ふとした瞬間に空を見上げる癖は今だ残っているのに、どうしてだろうか。

 意外そうに目を丸めた三人の視線を受けながら、俺はしばらく唸っていた。

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