見つめてはいけない
今日の空は冬が近づくにふさわしく、高く透き通った青で、雲をふちどるあたりが白くかすんでいた。
ずっと眺めていたいと思わせる絶品の色だった。
「須賀って本当に、いつも空ばっかり見てんのね」
この声と、視界をさえぎる影が、空に心を馳せていた俺の感動をぶちこわしにしてくれた。
……この大学の裏手にある芝生の一角は、周囲に防風林なども立てられていない開けた場所だ。
方角によっては地平線が見えるぐらいには眺めもよく、どの時期も日当たりが良いので、昼寝や日光浴をするには絶好の場所である。
そして、評判が良いため一人で静かに過ごすには向いていない。
差し込んだ影に焦点を定めれば、黒髪の女が、自慢のストレートロングを俺の顔面に覆い被せるように、俺の視野に割り込んでいた。
俺……須賀明は寝転んだまま、低い所にあるニヤニヤ笑いを睨み上げる。
「邑井さぁ……いきなり何だよ」
彼女は邑井遊里。学科は違うが、共通する教科を受ける事が多いために話す機会が多く、よく講義中に何人かとまとまって話している相手の一人だ。
「翔がそう言ってたのよ、明はいつも空ばっかり見てるって」
「……川嶋の野郎、教えなくていい奴に余計な事を教えやがって……」
楽しそうに講義仲間の事を口にした彼女に、俺は顔を険しくしかめた。
くだんの長身の青年の、万年仏頂面を思い出す。邑井が真似た口ぶりから、呆れるように言っていた事も、ありありと脳内だけで再現できた。
「そんなんどうでもいいし。もうそろそろ行かないと講義に間に合わなくなって困るんだけど。教室が別館で遠いの知ってるでしょ。単位落としても空見てたいんなら、私だけ先に戻らせて貰うわよ?」
「……サボらねぇよ。余裕もってアラームかけてたし」
邑井が折り曲げていた体を伸ばし、ぐっと背中をそらした。
俺も上体を起こして服についた芝生を払う。
「そう? だけど、早く行った方がいいんじゃない? 何か空暗いし、向こうの方灰色してるわよ」
「──────灰色?」
その一言に、俺は、先ほどまで見ていた空を、勢い良く振り返った。
雨が降るんじゃないかしら────そう続けられた邑井の声も、まったく頭に入らない。
空の端に、塗りつけたような灰色が蔓延っている。