神君伊賀越えの章~第三話~
今回の章は短めにすることにしました。今月はちょっと忙しいので・・・
伊賀国―――
現在の三重県西部に位置するこの国は、戦国時代は山に囲まれ『隠し国』とも呼ばれたこの国は足利一族の仁木氏が守護を務めた。
しかしあまり支配力は強くなく、道路の整備なども整っていなかったこの地には地元の人間しか知らない廃寺がいくつかある。そのひとつに、武器を携えた土民が密かに集っていた。
「・・・お、おい。そりゃ本当か?」
「ああ。間違いねぇ。あの鬼みてぇな女は明智様に討たれた。その明智様がな、この伊賀を徳川の一行が通るって情報を下さったんだ」
下卑た笑いを浮かべる男は、持ってきた書状を仲間に向かって読み上げた。
「これは明智様の家臣の斎藤内蔵助様から頂いた書状だ。これを要略すると・・・『徳川一行は伊賀を通って三河へ戻ろうとするだろうので、これを阻止すること。男は皆殺し、女は捕えて好きにしてよい。ただし徳川家康だけは必ず捕えて京に送ること』だ。徳川の女どもは上玉揃い・・・いいか野郎ども!女は捕えた者が所有権を得る!早い者勝ちだ!」
首領格であったらしい、書状を持った男の号令にその場にいる者たちは雄叫びをあげた。
・・・・天井の戸板から2つの目が覗いているのにも気が付かず。
「む・・・?」
伊賀の山中を歩く徳川一行の先頭を歩く服部半蔵が『それ』を見つけたのは、何の変哲もない道に転がっている石の上だった。青・黄・赤・紫・黒に色付けされた米粒が、石の上を彩っており、一見すれば首をかしげて通り過ぎるようなものだが、半蔵にとっては意味がある物だった。
これは『五色米』といい、忍者が暗号として味方にメッセージを伝えるための手段の一つである。予め決めておいた配列などで味方に情報を伝えるのだ。味方からの情報を読み解いた半蔵は、味方の進軍を止めて家康のもとへ馳せ参じた。
「この先に敵が?」
「御意。我が服部家の情報網からの情報故、確かなものかと。少し険しくはなりますが、伊賀を抜ける近道がありますので、そちらに道を変えてはいかがでしょうか?」
今まで半蔵はなるだけ家康の足に負担がかからないように、また、整備されていないながらも少しはマシな道を選んでは来たが、これからも敵が待ち伏せている可能性が高いことは否めなかった。さらに連戦、連戦となれば、いかに戦慣れた武将たちとはいえ疲れはたまって動きも鈍るだろう。
「・・・そうね。では、そちらを通りましょう」
半蔵に案内された抜け道は、まるで人が通らないような獣道であった。先頭が伸び放題の草木を斬り捨てながら進む。時折草むらから小さな物音がするたびに刀に手がかかるが、出てくるのは狸や狐の類ばかり・・・物音の度に神経が磨り減らされ、あまり体に良くない。しかしこの道は地元の人間でも知らないところらしく、人の気配は絶えて久しい。隠れて移動するのにもってこいの道であった。
この獣道では毒蛇や毒虫がいるかもしれず、一行は急ぎ足で獣道を踏破。夜になり、廃寺で家康たちが足を休めていると、外で見張りをしていた大久保忠佐が報告のために入ってきた。
「山中のいたるところから篝火が?」
「は。恐らく連中、山狩りをして我らを探しているものと思われます」
この廃寺を案内した半蔵曰く、この山中には伊賀の上忍―――『百地』『藤林』そして『服部』のそれぞれの一族が有する、それぞれの一族しか知らないこの建物のような隠れ家があるらしい。このような隠れ家は一族の中でも直系の人物しか知らないという。
「あるとは思えませぬが、偶然連中がこの隠れ家に辿り着いてしまう・・・ということが無きにしも非ず。気を入れて見張りましょう」
家康と侍女たち、そして茶屋は廃寺の中で休み、家臣団と聖一は交代で廃寺を守備する体制をとった。弓を使う聖一と夜目が効く半蔵は木の上で遠くを見張り、小姓を含む徳川武士たちは家康たち非戦闘要員を背に、廃寺の中から外を見張った。これは篝火を外で焚くことで敵から発見されるのを防ぐための措置である。
一行は極度の緊張の中、眠れぬ夜を過ごした・・・・
幸いにも隠れ家が発見されることはなく、朝を迎えることができた。ともかく、分かったのはすでに明智勢によって『信長死す』の知らせが広まっているという事―――ついに伊賀を突破し、伊勢に辿り着いた徳川一行は茶屋の伝手で入手した船に乗り、三河への帰路に就いた。
しかし、彼らに休まる暇はない。関東の雄・北条家との対決が待っているのである・・・