天下統一の章~第一話~
小牧・長久手の戦いでの徳川家康の戦いぶりは全国に響き渡った。日の出の勢いで織田家旧臣を切り従え、天下統一に邁進していく羽柴秀吉に立ちはだかった『東海の弓取り』。誰もが秀吉の勝利を予見したはずだ。
しかし実際には野戦で羽柴軍は徳川軍に敗れ、結局秀吉は力で家康を捻じ伏せる事は出来なかったのである。結局は秀吉が家康挙兵の旗頭である織田信雄を懐柔するという搦め手を使って家康の矛を収めさせる事になった。
家康は居城・浜松城に戻り、久方ぶりの平穏を味わっていた。
浜松城の家康の私室に面した中庭を眺めながらお茶を楽しむ、三名の女性の姿があった。
ひとりは浜松城主にして東海・甲信五ヶ国の主である徳川家康。もうひとりは銀髪で長身の女性、本多忠勝。最後のひとりは青の短髪の少女、井伊直政であった。
「殿。小平太と大須賀の婚儀が決まったとの事ですぞ」
「まぁ・・・それはとても目出度い事ですね。幼馴染同士、睦まじい家庭を築いてくれることでしょう」
話題は先日榊原康政から家康に報告された、幼馴染の菓子屋、大須賀五郎との婚姻。康政が頬を赤らめながら報告してきたときのことを思い出し、家康は顔を綻ばせる。
今噂の新婚夫婦は康政の居城・横須賀城で新婚生活を送っているはずである。ちなみに大須賀五郎は武田軍に敗れた高天神城の戦い後に士分に取り立てられ、家康の一字を取って『大須賀康高』と名乗った。
新参の家臣ながら、長篠の戦いや徳川家が武田家から高天神城を奪い返す合戦で武功を挙げる活躍を見せた。
実はその時に「あいつに釣り合う男になりたくて」と康高が聖一に漏らしたのは、内緒である。
「ところで話題は変わりますけど―――」
家康は同席する二人の家臣に視線をやった。本多忠勝と井伊直政。彼女らが戦場で挙げた武功は数知れず、武将としての評価は今更言うまでもないだろう。
「殿、なにか?」
「どうなさいました・・?」
家康は溜息をつく。二人とも、掛け値なしの美少女である。忠勝は天真爛漫な元気娘。直政は冷たい雰囲気が男の好みを分けるものの、知的な雰囲気の娘である。
家康が抱えている悩みはこれであった。この二人、いまだに本人の口からはもちろん、噂でも男の影が全く見えないのである。康政の婚姻話を話のネタにしたのも、二人にも『そういった事』に興味を持ってほしかったからなのだが―――
「・・・忠勝、直政。本来私はこんなことをあなた達に命じたくはないのですけど―――」
「何でございましょう。羽柴めの首を取るなら、この万千代にお任せを」
「この忠勝めに何でもお命じください!」
打てば響くように頼もしい返事をしてくれる彼女たち。身構える彼女らに申し訳なく思いながら、家康は口を開いた。
「これからしばらく戦はないでしょう。そこであなた達・・・」
一度口を閉じる。こんなことを主君が命じていいのかしらと思いながら、続けた。
「この一年以内に、夫を見つけて私に報告なさい」




