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月の光と葵の乙女~天正争乱~  作者: 三好八人衆
小牧・長久手の戦いの章
24/35

~お正月~

少しだけ、未来のお話。

「新年、明けまして―――」

『おめでとうございまする』

江戸城大広間にて、家臣一同の新年の挨拶を受けた徳川家康は、小さく首肯して彼らの挨拶に応える。

「皆、明けましておめでとうございます。昨年中は、よく励んでくれました」

昨年とは違う風景。徳川家は大きな変革を迎えた年でもあった。

「当家は住み慣れた三・遠・駿・甲・信の五ヶ国を離れ、太閤殿下より新たに北条家の旧領を与えられました。皆も与えられた領地で経営に難儀していることと思います」

北条氏を支持する領民は多い。実際に北条氏が敷いた税率『四公六民』は、徳川家康ですら変更する事が出来ず、税率が変わったのは八代将軍徳川吉宗の時代まで待たなければならなかったという。

「しかし、皆ならばこの困難を乗り切れるものと信じております。幸いにして太閤殿下の御世となり、諸侯は皆『惣無事令』に従っておりますので、殿下の御命令なく徳川領に侵攻する者はいないでしょう。皆は領民を慰撫することに注力してください」

なれど、と家康は続ける。

「太平の世の有難さもわからず、天下に再び兵乱を起こさんとする者は近いうちに必ず現れます。その不届き者に鉄槌を下すのは、我ら徳川であるという事を胸に刻んでおくように」

『ははっ!』

一同が頭を垂れる姿を満足げに見渡した彼女は、ニコリと笑みを浮かべた。

「堅苦しいお話はここまで。本日はお目出度いお正月です。今日ばかりは無礼講ですよ!」

柏手を叩くと、膳を提げた侍女たちが続々と入って来る。

楽しい宴の始まりである。





ワイワイと騒がしい大広間からそっと抜け出した鷹村聖一は、縁側に座って一息ついた。

彼自身、お酒がそんなに得意ではない。その上徳川家の重臣であり、家康の夫という特殊な立場にある。北条家滅亡後に新たに徳川家の家臣になった者にとっては、顔を売っておかなければならない最重要人物である。お酒を注ぎに来る者が絶えず、疲れ果てた彼はそっと抜け出してきたのであった。

「やれやれ・・・坂東武士は屈強な上に積極的なんだなぁ」

中には娘や自分の姉妹を側室に―――などと遠巻きに勧めて来る強者もおり、その度に聖一は上座から飛んでくる鋭い視線に冷や汗を流していた。

(とはいえ、この平和も仮初の物か)

しばらく陸奥での反乱は頻発するだろうし、お世辞にも治安が良いとは言えない新しい領地では北条旧臣による反乱が横行するだろう。重要なのはその反乱の芽の摘み方である。

力づくで平定するのも方法ではあるだろうが、それでは反乱軍に加わっている優秀な人材も失ってしまうことになりかねない。甲斐武田氏の旧臣を吸収した時のように、なるだけ平和的に彼らの反抗心を鎮めたいものである。






「また難しそうな顔をしていますね」

「竹・・・」

苦笑しながら聖一の横に腰かけたのは、最愛の妻・徳川竹姫こと主君・家康であった。

「新年早々額に皺を寄せて何事ですか。ほうら、『りらっくす』『りらっくす』~」

グニグニと聖一の顔を揉んで遊ぶ家康。聖一は抗議の声をあげようとするが、意味不明な声が出るばかりである。

「・・・ええい!人の顔で遊ぶのはお止めなさい!」

家康の両手を握り、顔から離させる。彼女の両手は大した抵抗もなく聖一の顔から放された。「まったくもう・・・」と憮然とする聖一に、家康は微笑む。

「『笑う門には福来る』ですよ。まだまだ当家に課題は山積していますが、皆の力を集めれば、解決できない物などないのです。苦しい時こそ、笑顔を忘れては『メッ』ですよ」

人差し指を立て、まるで小さい子を諭す先生のような彼女の様子に、聖一にも笑みがこぼれる。

「そうだね。一歩づつ、着実に歩を進めて行こう」



明けましておめでとうございます。

遅くなりましたが、今年もよろしくお願いいたします。

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