小牧・長久手の戦いの章~第八話~
徳川軍の本陣・小牧山から離れる事約450キロ。土佐国・岡豊城。土佐の戦国大名・長宗我部氏の居城である。この城の主にして長宗我部家当主・長宗我部元親は憂鬱な溜息を吐いていた。
長身で細身の男性である。髪は無造作に長く、相手に野暮ったい印象を与え、目の下に出来たクマが彼に病的な印象をさらに与える。そんな彼が当主の間の壁に凭れ掛かり、病的な溜息を吐くのだから、周りの者には不安しか与えない。しかし、これが彼にとっての普通なのである。
「あー・・・死にたい。親貞早く迎えにこねぇかな・・・」
「兄者!冗談でもそんなことは言わないで下され!」
そんな彼にツッコミを入れるのは弟の香宗我部親泰。元親の三弟である。ちなみに親貞とは元親のすぐ下の弟で、長宗我部家が土佐統一に向けての決戦『四万十川の戦い』の後に病死している。吉良家に養子に行っており、名を吉良親貞といった。
「そんでー・・・?徳川家から書状が来たんだろー・・・?」
「さ、左様です。徳川殿の軍師・鷹村聖一殿から書状が・・・」
親泰から渡された書状に目を通した元親。目を通し終わると・・・ポイッとそれを放り投げ、勢いよく立ちあがった。
「親泰!戦じゃ!讃岐に侵攻する(祭りに行く)ぞ!!」
その眼は爛々と輝き、先ほどの無気力感はどこへやら、その瞳は獲物を狙う野獣の如きものに変わっていた。
「徳川の軍師、面白い策を練りよった!これで淡路の仙石や虎丸城の十河を踏みつぶす!!」
「御意!それでは早速準備を整えまする!」
慌ただしく出ていく親泰。弟が出て行ったあと、元親はさらに獰猛な笑みを浮かべた。
「クックック・・・我が宿敵・十河存保よ。首を洗って待っておれ!」
長宗我部元親は元々織田家の与党であった。四万十川の戦いで国司・一条兼定を破った元親と織田信長は同盟を結び、元親の嫡子に信長の一字を与えるほど親密な間柄であった。
しかし、阿波の旧勢力である三好一族の三好康長と十河存保が信長を頼って降伏してくると、その関係に亀裂が入った。
信長は四国平定を目指して勢力を広げる元親に対し、これ以上の進軍を禁じる命を下したのである。これに反発した元親は同盟を破棄し、中富川の戦いで十河存保を討ち破り阿波を奪った。敗れた存保は讃岐に後退し、羽柴秀吉とその配下で淡路国主・仙石秀久の助力で何とか四国に勢力を保っている状態である。
「出陣じゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
元親率いる長宗我部軍は、総大将・元親の雄叫びとともに進軍を開始した。総勢は三万余という大軍であった。対する十河存保は直ちに淡路の仙石秀久に援軍を要請するとともに、虎丸城に籠城する準備を整えた。
岡豊城から進軍する長宗我部軍。土佐の国境を越え、阿波に入り、讃岐との国境沿いに差し掛かった時―――元親の家臣は、ある事に気が付いた。
「殿。こちらの道は十河城に通じる道ですが・・・」
「そうだな」
家臣の指摘に、元親は軽く首肯する。
「我らは、虎丸城ではなく十河城を先に攻略する」
「支城の十河城が攻められれば、仙石勢も十河勢も救援に動かざるを得まい。そこで野戦を仕掛け、仙石・十河両軍を叩く。羽柴本隊が小牧に釘付されている今が好機・・・」
徳川家軍師・鷹村聖一という他家の人間からの指示だというのは気に食わなかったが、これは元親の悲願である『四国統一』に近づけるというのなら、乗らない手はなかった。
支城を踏みつぶしながら進み、長宗我部軍が囲むのは讃岐・十河城。かつて阿波・讃岐に勢威を誇った三好一族の十河存保が頼る最後の砦である。
「大坂の羽柴勢は雑賀衆が牽制してくれておる。敵に仙石勢以外の増援はない!小うるさい十河勢を叩きつぶし、我らが四国の覇者とならん!」
勇ましい鬨の声にひとつ頷き、元親は号令を下した。
「かかれ!」
虎丸城で十河城からの救援要請を受けた十河存保は、淡路の仙石秀久ら羽柴勢に救援を要請するとともに、存保自らも出陣。途中で秀久率いる羽柴軍と合流し、十河城救援に向かった。
「申し上げます!仙石・十河連合軍、こちらに向かっている模様!数は六千程と思われます!」
「ほう、動いてきたか・・・しかし、たかだか六千の敵勢、踏みつぶしてくれん!」
元親は十河城攻略の軍勢を弟の親泰に預け、自らは救援軍を撃破すべく軍勢を動かした。
「『今更クドクドと述べる必要もないでしょうが、仙石勢は間違いなく奇襲を仕掛けてきます。先鋒が軽く当たって退いた風を装い、大軍がその効果を発揮できる広い土地に引きずり込むといいでしょう』・・・か!三方ヶ原で武田軍に負けた経験をこんなところで、他国に人間に生かさせるとはな!」
確かにその通りとなった。長宗我部軍先鋒に奇襲を仕掛けた仙石・十河軍は、退却する長宗我部軍先鋒を追撃し―――長宗我部軍本隊に徹底的に叩きのめされた。
さすがに武田軍ほどの強さはないものの、数の暴力というのは恐ろしいものであった。救援軍大将の秀久は命辛々淡路に退却し、そして・・・
「敵将!十河存保討ち取ったり!」
―――目の上の瘤であった十河存保の首級を長宗我部軍は挙げることに成功したのである。
総大将の存保が討死したという報はすぐさま十河全軍に伝わり、十河城・虎丸城の残兵は長宗我部軍の前に降伏。十河旧臣は淡路や大坂を目指して逃げ去った。
「さぁて・・・徳川の軍師よ。お膳立てはしてやったぜ。あの最後の言葉はなんなのかしらねぇが、お前の働き、遠くから見せてもらうぜ」
徳川軍軍師・鷹村聖一からの手紙の最後には、こんな言葉が記されていた。
『乱された歴史、元に戻したく候』




