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月の光と葵の乙女~天正争乱~  作者: 三好八人衆
小牧・長久手の戦いの章
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小牧・長久手の戦いの章~第三話~

早まったことを・・・

その知らせを受け取った徳川家臣たちは、一様にそう思った。沈黙し、重苦しい雰囲気が漂う謁見の間に居並ぶ家康以下重臣たちの中で、最初に口を開いたのは長老格の酒井忠次であった。

「・・・しかし勝手な事ですな。自分の所の親秀吉派の家臣を討ち、織田家を乗っ取らんとする秀吉を討ちたいから手を貸せ・・・相変わらずの三介殿ですなぁ」

忠次が皮肉っぽく唇をゆがめると、井伊直政も鼻で笑う。

「ふん。信長公ご存命の頃から織田家中で馬鹿にされてきた御仁だ。特に伊賀攻めなどその最もたるものではないか」

彼女が言った『伊賀攻め』とは、織田信雄が養母・信長生存時に行った戦で、信雄軍は伊賀国に侵攻して大敗。この戦いが問題視されたのは、なんとこの信雄の軍事行動、信長に対して全く報告がないうえでの行動であった。これに激怒した信長は、一時は親子の縁を切るとまで言ったそうである。

今度は信長自ら軍を率いて滝川・丹羽・堀、そして信雄らを従えて再び侵攻し、伊賀を平定。結局信雄は、自らの失態を世間に晒しただけに終わった。

「ただ・・・これは好機でもある」

天下統一に最も近かった織田信長が志半ばで斃れ、再び天下の動きは分からなくなった。信長を討った明智光秀を倒し、織田家最後の守護者であった柴田勝家と彼と結ぶ織田信孝を破った羽柴秀吉が主君と同じ地位まで登った。その彼女が避けては通れない相手―――

「この家康、生前の信長公との信義を貫き、信雄殿とともに織田家に取って代わらんとする逆臣・秀吉と戦う!異論のある者はおるか!」

可憐なる我らが主の宣言に、居並ぶ家臣どもは一斉に頭を垂れた。

『否!我らは殿とともに!』

「将は軍備を整えよ!参謀は必勝の策を巡らせよ!相手は日の出の勢いの羽柴筑前!油断することなかれ!」

『ははっ!』




月が軒先を照らし出す、浜松城の最奥にある城主の部屋では、寝付いた子とそれを見守る両親の姿があった。

「ようやく寝てくれましたか・・・」

「2人とも、聖一さんに遊んでもらえてうれしかったんですよ。特に福松丸なんて『父上に弓を習いたい!』って、守り役の直政を困らせているんですって」

決戦を前に穏やかな家族の時間。勢力を拡大させ、五ヶ国の太守とその筆頭軍師という立場としてお互い忙しくなってからなかなかこうして会うことができなかった。僅かな時間かもしれないが、このひと時が何物にも代えがたく、愛しい。

「聖一さん」

家康―――否、竹姫は自らの愛しき人の肩に身を預け、ポソリと呟いた。

「私、勝てるでしょうか」

彼は何も答えない。彼女は続けた。

「秀吉殿は農民の子からお姉様(信長公)に取り立てられ、今や天下を窺おうかというお人。秀吉殿と戦うとは決めましたが・・・」

すべては言わずに口は噤んだが、彼女が言わんとすることは分かった。天下人の座は、遠からず秀吉の手に転がり込んでくるだろう。聖一の知る歴史はそうだったし、この世界でももはやその流れは止められない。

「確かに秀吉殿には勢いがある。強運も引き寄せているし、配下には素晴らしい人材もそろっている」

「だけど―――こちらには羽柴家にはない『先祖代々よりの結束』がある」

「先祖代々の、結束・・・」

「そう。これは秀吉殿一代ではどう足掻こうと手に入れることの出来ないもの。その象徴が君の為に命を捨ててくれる三河武士500騎。これは竹、何者でも退けることができる、君だけの武器だよ」

聖一は竹姫の肩を抱き、宣言する。

「勝つよ。この先何があるか分からないけど、僕らは勝ち続ける。そして、どんなに大きな戦いがこの先待ち受けていても―――」

―――笑顔で、君の前に帰ってくる。







三河徳川家が主君の遺児や忠臣を討つ羽柴秀吉の非道を詰り、盟友の子・織田信雄とともに反秀吉の兵を挙げた。家康・秀吉ともに軍を率いて尾張国に入り、それぞれ家康・信雄軍が清州城、秀吉軍が犬山城に入って睨み合った。

小牧・長久手の戦いの開戦まで、あともう少し―――


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