第三章 過去の答え合わせ
日記に書かれていた「最初の陸」が姿を消した、2002年の夏。 当時、祖父が暮らしていたという山間の古い平屋は、今は誰も住まない空き家として残っていた。
「ここが、すべての発端の場所か」
千彰は車のドアを閉め、目の前に佇む木造の日本家屋を見上げた。生い茂った雑草が、家の半分を飲み込もうとしている。
「……うん。小さい頃、お盆に一度だけ連れてこられた記憶がある。でも、不思議と家の中の様子は全く思い出せないんだ」
僕は錆びついた鍵を回し、引き戸を開けた。 カビと埃の匂いが立ち込める。間取りはごく普通の和風建築だ。玄関を入ると長い廊下があり、左手に居間、奥に台所と納戸がある。
千彰は懐中電灯で足元を照らしながら、じっと床を見つめていた。
「陸。この家の間取り、おかしいと思わないか?」
「え? 普通の古い家だけど……」
「外から見た建物のサイズに対して、廊下の長さと、居間の奥行きが合わない。……いや、正確には、廊下の突き当たりと台所の間に、不自然な空白の空間がある」
千彰はトントンと廊下の壁を叩きながら奥へと進み、台所の隅にある「床下収納庫」の前で立ち止まった。
「ここだ。プラスチックの収納箱を外してみてくれ」
言われるがままに、僕は床に這いつくばり、調味料の空き瓶が入った収納箱を上に引き抜いた。
「……何、これ」
収納箱の下にあったのは、地面ではなく、地下へと続くコンクリート製の狭い階段だった。 それは大人一人がやっと通れるほどの幅で、暗闇の奥へと吸い込まれるように伸びている。普通の一般住宅に、地下室なんてあるはずがない。
「やっぱりね。建築届にはない隠し部屋だ。……行こう」
千彰は躊躇なく、懐中電灯の光を頼りに階段を降りていった。僕も心臓の激しい鼓動を抑えながら、彼の後ろに続いた。
階段を降りきった先は、四方をコンクリートの壁に囲まれた、三畳ほどの狭い空間だった。 ひんやりとした空気が肌を刺す。部屋の奥には、ぽつんと一台の古い学習机が置かれていた。
千彰が机の上を照らす。 そこには、2002年のキャラクターもののペンケースや、擦り切れた自由帳、あるいは――『1997年生まれの陸』の健康保険証が残されていた。
やはり、ここに「最初の陸」がいたんだ。
激しい眩暈を覚えながら、僕は机の引き出しを開けた。中には一通の封筒が入っており、祖父のあの尖った筆跡で、こう書かれていた。
『観察終了。サンプルAの処分、およびサンプルBの導入について』
千彰がその手紙を覗き込み、息を呑んだ。
「陸……これを見てみろ。机の横の壁だ」
彼が照らした壁には、無数の引っ掻き傷のようなものが刻まれていた。 いや、それは傷ではない。 幼い子供が、爪を血に染めながら必死に書き殴ったであろう、歪な文字だった。
『おまえは だれ』
『ぼくの なまえを かえせ』
壁一面に広がるその文字を見た瞬間、僕の頭の中に、強烈な頭痛と共に「存在しないはずの記憶」がフラッシュバックした。
暗い部屋。上から見下ろす祖父の冷たい目。 そして、「お前は陸だ。お前は陸だ」と僕に何度も言い聞かせる大人の声――。
壁に遺された怨念のような文字。そして陸の脳裏に蘇る、断片的な記憶の正体とは。次回、最終章。すべての謎が解き明かされます。




