第55話 魔道具の産地
職人街の重苦しい金属音と石炭の煙を背に再び大通りへ出る。広場に近づくにつれ空気は一変した。
そこには、世界中から集まった富の匂いが充満していた。
「ここだ、ノア! 見てろよ、絶対にすごいのがあるぜ」
ライルが足を止めたのは軒先に奇妙な鳥の剥製や、見たこともない色の結晶が吊るされた一軒の大きな天幕の前だった。
店先にはビロードの布の上に並べられた銀の指輪や、古い革表紙の本、そして淡い青光を放つ宝石などが並べられている。
深いフードを被った老人が僕たちの足元から頭の先までを、値踏みするようにゆっくりと見上げた。
「ここは『天逆塔』から掘り出された逸品が並ぶ店さ」
老人が事も無げに言ったその言葉に、僕は思わず聞き返した。
「天逆塔……?」
「なんだ、知らないのかい? アルブスヴォルトにある最古のダンジョンだよ。あの冒険者ギルドの本部がある街さね」
老人はフードの奥で喉を鳴らすように低く笑った。
その瞳が僕たちの実力を測るように怪しく光る。
「天逆塔ってのは遺物に眠る魔道具の宝庫だよ。もっとも、生きて帰ってこられればの話だがね」
——魔道具の宝庫か。
教会の地下ダンジョンでは魔道具らしいものは一つも見つからなかった。
見落としとは考えにくい。もし存在するなら奉納する決まりがあったはずだ。
となると、魔道具が産出するダンジョンは冒険者ギルドの心臓部かもしれない。
手形決済の手数料収入は確かに大きいだろう。
だが、この世界の経済規模を思えばそれだけで組織を支えられるとは考えづらい。
ギルドの体制を維持するには、魔物素材やダンジョン資源の取引こそが不可欠だ。
——天逆塔。
ギルド本部を擁し、魔道具を産出するダンジョン。間違いなくギルドの根幹を成す収入源だ。
ここを押さえれば、冒険者ギルドはもはや掌の上も同然。
ならば、行き先は一つ。
僕はアルブスヴォルトを次の目的地に決めた。
「ねぇ。この指輪とか……どうかな?」
不意に聞こえたエレナの声に、僕は思考の海にから引き戻された。
彼女はビロードの上にある控えめな銀の指輪を指差している。
値段を気にして選んだのだろう。その指輪は見るからに凡庸なものだった。
「お目が高いね。それはいざという時の守りに使える一級品だよ。魔法使いのお嬢さんにはピッタリだ」
フードの奥で老婆がにやりと笑う。僕は無言で、その指輪に意識を向けた。
『鑑定』
【名 称】 守護の指輪(量産型)
【等 級】 一般
【効 能】 ダメージを一度だけ微軽減する障壁を展開する
――予想通りだ。
「天逆塔産」と謳いながら、その実態はどこにでもある量産品。希少な出自という「物語」で付加価値を盛っているに過ぎない。
僕は老人の饒舌な口上を無視し、片っ端から鑑定を飛ばしていく。
並べられた宝石、錆びた短剣、歪な魔導具。その大半が、僕の中で「一般」という名のゴミに分類されていく。
だが、そのゴミ山の端、無造作に置かれた一つのペンダントに、ふと視線が引き寄せられた。
【名 称】聖心の調律
【等 級】理外
【効 能】装着者の情緒が一定の閾値を超えた際、その昂りを魔力に変換し魔力回復を高める
――見つけた。
それは、場違いなほどに静かな光を宿していた。
細工は簡素だ。だが、素材が違う。
曇りひとつない透明な石はただの宝石とは思えない深みを湛え、内部で微かに光が揺れている。
そして――効能。
情緒の昂りを魔力へと変換する。
理想的だ。
エレナの恋慕。
あの制御不能な感情を無駄なく力へと変えられる。
「これは?」
僕は何気ないふうを装ってペンダントを指先で示す。
「そいつは、魔力を回復させるペンダントさ。ちょっと値が張るよ」
老婆が強欲な笑みを浮かべて、こちらを値踏みしてくる。
「こいつは少し気難しくてね。なかなか買い手がつかない代物さ。――だが、魔力回復ってのは魔法使いにとっちゃ命綱だろう? 金貨一〇枚でどうだい」
欠点を口にするあたり、商売人としての筋は通すつもりらしい。
僕は迷うことなく懐から金貨を取り出した。
「……ほう」
老婆は金貨を指で弾き乾いた音を確かめる。
「そいつの値段が、その程度で収まるもんじゃないって顔してるねぇ」
細められた目がじっとこちらを射抜く。
「――あんた、何を視てるんだい?」
「……大したことじゃない」
視線を外さずに答える。
「多少、良し悪しが分かるだけだ」
それ以上は言わない。
「ふん。その歳で大したもんだね。……持っていきな」
老婆は肩をすくめると、ペンダントを放ってよこした。
「ノア……いいの?金貨一〇枚だよ?」
エレナが遠慮と期待の入り混じった瞳で僕を見つめる。
「もちろん。それに、こっちの方が似合いますよ」
僕はエレナの背後に周り、その白い首筋にそっとペンダントをかけた。
指先が彼女の肌に触れた途端、エレナの肩が小さく跳ね、耳がまたたく間に朱に染まる。
——その瞬間。
透明だった石が彼女から溢れ出した熱を吸い上げるように、ほのかに薄桃色に光る。
「……ノア。ありがとう」
ペンダントを両手でそっと握りしめるその表情は、先ほどまでの上気した熱が嘘のように落ち着いていた。
——素晴らしい。
過剰な昂りはペンダントに吸われ、彼女の魔力に変換されている。
エレナの感情は消えていない。
むしろ、より扱いやすい形に整えられている。
口元が自然に弧を描く。
「ノアは何か買わないのか?」
ライルはそう言いながら、露天の品を物珍しそうに眺めている。
「僕は今の装備で——」
問題無い。そう言いかけて止まった。
老婆の背後に無造作に、まるでガラクタの山の一部のように積まれた魔道具の一つに目が留まる。
使い込まれた風合いの革表紙。その四隅を鈍く光る真鍮が守るように補強している。薄い一冊の本だ。
【名 称】果てなき記録
【等 級】希少
【効 能】魔力を消費し、思考を直接記述する。頁は無限に増えるが、厚みは変化しない。
「……後ろの本を見せてくれませんか?」
老婆は面倒そうに鼻を鳴らし、それをガラクタの山から取り出した。
「これかい。そいつは大喰らいの魔本さ。ちょっと書き込むだけでそこらの人間なら魔力が空になる。珍しい魔道具ではあるんだがね。……金貨一枚でいいなら持っていきな」
老婆が差し出した本を受け取る。
指先に触れた表紙は、吸い付くような古い革の質感をしていた。
識字率の低いこの世界において、文字による「記録」など重視されない。
ましてや戦闘に直結しない書き物のために、生死を分かつ貴重な魔力を使い果たすなど愚の骨頂だと。
——だから、理解されない。
どれだけ書いても厚みが変わらず、無限に情報を持ち歩ける。それがどれほどの武器になるかを。
「……これ、ください」
僕は金貨を一枚、老婆の乾いた手の平に置いた。
「まいどあり。……せいぜい、魔力を吸い尽くされて干からびちまわないよう気をつけな」
老婆はにやりと笑うと、いそいそと金貨を袋にしまった。
「……おいノア、正気か? 」
ライルが横から眉をひそめて覗き込む。
「いいえ。僕は魔力も多い方ですし、パーティーの資金なんかの記録もつける必要がありますから。これが丁度いいんです」
僕が淡々と答えると、ライルは一瞬だけ呆れたような顔をしたが、すぐに肩をすくめて息を吐いた。
「……まあ、お前がそう言うならいい。お前に任せっきりにしてるのは俺たちの方だしな」
ライルは頭の後ろで手を組み、観念したように笑った。
「よし、じゃあ今度はうまいもん探そうぜ。あっちからいい匂いがするんだ」
ライルが、広場の奥から漂う香ばしい肉の匂いに鼻を動かす。
食欲に忠実なリーダーの後ろ姿を見ながら、僕は手にした本をそっと懐に収めた。




