第45話 旅立ちの準備
翌朝。
ゆっくりと朝食をとった後、僕らはギルドに向かった。
依頼ボードに目を向けると、昨日グレンが言っていた護衛依頼が掲示されていた。
ミルハイムへの護衛――一日につき銀貨五〇枚。成功報酬。違約金あり。
さらに補足がある
――受注条件:預り金、金貨一〇枚以上。
僕はその依頼を手に取ると、迷うことなく窓口へと向かった。
「詳しい契約内容を教えてください」
窓口の職員は一瞬こちらを見て無言で頷くと、奥の棚に向かって歩き出す。
少しの間待たされた後に、職員は台帳を確認しながら戻ってきた。
「預り金の額は十分だな。報酬は記載の通り、パーティー単位の金額だ。前金は無し」
彼は書類に目を落としたまま淡々と続ける。
「依頼に失敗した場合は、預り金から違約金を差し引く」
その言葉に僕は軽くうなずいた。
「それから、裏切り行為――逃亡、積み荷の持ち逃げ、盗賊の手引きなどが発覚したら預り金はすべて没収。ギルドから追手がかかる」
その言葉には冷徹な響きがあった。
――なるほどな。
預り金を担保に、裏切りを防ぐ仕組みか。
どこの誰とも知らない冒険者の与信をいちいち調べ、信頼を築くよりもよっぽど効率的だ。
たとえ依頼を失敗しても、依頼主には違約金や没収した預り金で保証をする。
そうすればギルドの信頼は揺るがない。
失敗のリスクを最小限に抑え、依頼者を納得させる仕組み――よくできている。
「失敗の条件と、違約金の額は?」
「積み荷の損失や、被害者の地位による。最大で金貨五枚」
場合によっては赤字もあり得るか。
とはいえ途中で逃げ出せば損失は広がる。
「一部のパーティーの裏切りで失敗した場合は?」
僕は少し言葉を選びながら質問を続けた。
裏切り者が出るリスクも想定しなければならない。
職員はその質問にも即座に答える。
「逃亡または死亡したパーティーの預かり金は没収。足りなければ残りのパーティーで均等に分担」
誰が悪かったのか、どんな理由で失敗したのか――そんな調査の手間は一切かけない。
すべては契約通り冷徹にシステムが回っているだけだ。
その効率的な仕組みに思わず感心してしまう。
「わかりました。受けます」
僕がそう告げると、職員は無言で依頼票に判を押してから差し出した。
その動きはまるで流れるように無駄がない。
「集合は明日の朝、一の鐘。北門だ。遅れるなよ」
僕たちは依頼票を受け取ると、そのままギルドを後にした。
「しっかし、護衛依頼ってややこしいんだな」
ライルが肩をすくめて言う。
口調は軽いが、その目にはどこか緊張の色が宿っている。
「でも、違約金とか大丈夫なのよね?」
エレナが心配そうに眉をひそめて言った。
少しだけ不安そうな表情で僕を見つめている。
カイは何も言わずに僕の方を見た。
「大丈夫でしょう。仮にもここまで無事に辿り着いた商隊なので」
僕ははっきりと言い切る。
実際には何が起こるかは分からない。
だが、皆を不安にさせてもしょうがない。
僕たちなら何があろうと切り抜けられるだろう。
「それに連帯責任ですから。冒険者同士、お互いに目を光らせています。下手なことはできないでしょう」
僕の言葉に三人は肩の力を抜く。
エレナの顔にほんの少し安堵の色が浮かび、ライルも軽く笑って見せた。
「それじゃあ、旅に向けて買い出しに行こうぜ」
ライルが音頭を取り四人は市場へ足を向ける。
町を貫く川に架かる橋――その袂には、色とりどりの天幕が連なっていた。
エンスブルクはアルディア山脈を越える物流の要衝だ。
ナヴァル王国や教皇領から運ばれてきた、ワインや絹、香辛料はラバの背に積まれてアルディア山脈を越える。
そして、この町で馬車に積み替えられ更に北の帝国に送り出される。
橋へと近づくにつれ人の密度は目に見えて増していく。肩が触れ、衣擦れの音が絶え間なく続く。熱気を帯びた空気には香辛料の刺激的な香りと、焼いた肉の脂の匂い、家畜の獣臭が混ざり合っていた。
「安いよ安いよ! 今朝届いたばかりだ!」
「そっちよりこっち見てけ、兄ちゃん!」
四方から飛んでくる呼び声に思わず足が止まりそうになる。
天幕の下には鮮やかな香辛料が小山のように盛られ、赤や黄の粉が陽を受けてきらめいている。
ゴザの上にはチーズやベーコンが無造作に並び、切り分けられた断面から濃い匂いを放っていた。
その合間には、近隣の村から運び込まれた羊毛や干し草の束が雑多に積み上げられている。
「はぐれるなよ」
ライルが言う。
四人は自然と肩を寄せ合い、すき間を縫いながら物資を買い集めた。
ミルハイムまでは四日の道のりだ。
少し余裕を持って七日分の堅焼きパンと、チーズにベーコンを買い込む。
人の少ない一角でふとライルが足を止めた。
「お、これいいな」
指さした先には地味な色合いの布を扱う小さな店があった。
派手な香辛料や装飾品に比べれば目立たないが、天幕の下には厚手の織物が整然と吊るされている。
その中でも深い緑や灰色のマントが目を引いた。
「ヴァルデン織だよ」
店番の老人がしわがれた声で言う。
「旅にはうってつけだ。風は通さねえし、多少の雨なら弾く」
ライルは一枚を手に取り指先で生地をつまんで質感を確かめる。
「……確かに、悪くないな」
僕も肩に羽織ってみる。
ずしりとした重みが体に馴染んだ。動きを妨げるほどではないが、外気をしっかり遮ってくれそうだ。
「いかにも寒そうなとこ行くって顔してる連中だ。持っといて損はねえぞ」
老人がにやりと笑う。
「いくらだ?」
「そいつは上物だ。だがまあ……まとめて買うなら、少しはまけてやる」
その言葉にライルが僕の顔を見る。
——ドレイクの報酬は手つかずだ。
長旅では防寒と防風は重要だ。マントは必須だろう。性能は十分、値段も相応だ。
僕は即座にうなずいて見せる。
「全員分、見せてくれ」
ライルが言うと、老人は満足げに頷き別のマントを引き寄せた。
全員のマントを購入し更に市場を歩く。
「ねえ、あれ」
エレナが急に立ち止まり僕の手を引いた。
その先には、色とりどりのブローチを並べた露天商の店があった。
目を引いたのは真鍮で作られた天秤を象ったブローチだ。
――パーティー名を表す天秤のブローチ。
シンボルを目に見える形で共有するのは、帰属意識を高めるのに最適だ。
「僕たちにピッタリですね」
僕は迷うことなくそのブローチを四つ買った。
それぞれが嬉しそうに、買ったばかりのマントを留める。
同じ天秤の意匠が並ぶ。
その瞬間、僕らは互いに目を合わせ無言でうなずいた。
三人の顔に浮かんだ決意が、心の中で確かに繋がったことを示していた。
それはただの装飾ではなく、共に歩む覚悟を表すものだった。
温かな揃いのマントに身を包み、僕らは再び歩き出す。




