第20話 良質な養殖場
ダンジョンから戻ると、聖具室に装備を返しに行く。
「ノアです。ただいま戻りました」
カウンターの奥から大柄な神官がやって来る。
「……無事か。ならいい」
低い声で言う。
「バルドだ。ダンジョンから生きて帰った奴にだけ名乗ることにしている」
ぶっきらぼうな口調だが、どこか安堵が滲んでいる。
「引き際も悪くない。初めてにしては上出来だ」
バルドはランタンを掲げ、聖油の残量を手際よく確かめる。
「装備はそこに置いていけ。魔石があるなら、奉納して来い」
「はい。ありがとうございます」
ノアが革袋を持ち上げる。中身は、ぎっしりと詰まった魔石だ。
それを見たバルドの動きが、ぴたりと止まる。
「……おい。それ、全部魔石か?」
「はい」
僕の返事に、バルドは息を吐いた。
「優秀だとは聞いていたが……度が過ぎてるな」
そのまま、奉納所へ向かう。
カウンターに魔石の詰まった袋を置く。
応対に出た神官は、わずかに眉を動かした。
だが、それ以上は何も言わない。
無言のまま天秤にかけ、重さを量る。
さらさらと羽ペンを走らせ、台帳に記録した。
次は食堂だ。
カウンターに行くとすぐにスープとパンが出てきた。
空いている席に座ると、木の椀によそわれたスープに黒パンを浸して、黙って口に運ぶ。
スープは塩気が強く、豆がたっぷり入っており、干した魚の旨みも感じられた。
質素ではあるが、腹にしっかりと溜まる。
体を動かした後にはちょうどよい食事だった。
食事を終えた僕は、再び聖具室へ向かった。
「どうした、ノア?忘れ物か?」
バルドが呆れたように僕を見下ろす。
「ダンジョンに潜るので、装備を出してください」
僕は当たり前のように言う。
「は?お前さっき帰って来たばかりだろ」
バルドが眉をひそめる。
「ひたすらダンジョンに潜って、魔物を討つ修行だと聞いたのですが——神の光に近づくには必要な事なんですよね」
バルドはため息をつき、肩をすくめた。
「はぁ……わかった。出してやる。ただし今日はこれで最後だ。帰ったら寝ろ。いいな」
僕は、杖とランタンを受け取ると再びダンジョンへと繰り出した。
——それにしても恵まれた環境だ。
ひたすら位階上げだけに専念できる。
冒険者になっていたらこうはいかなかっただろう。
再び、革袋いっぱいのスケルトンの魔石を奉納すると、仮眠所への階段を上がった。
石の寝台に横になると、ヒールで疲れを癒す。今までと違い、魔法の使用は制限されていない。
これなら、いくらでも動けそうだが、すぐにダンジョンに行かせてもらえるわけではない。
僕は素直に目を閉じると、三時間ほど仮眠を取った。
再び聖具室に行くと、バルドとは違う神官がいた。
——そりゃバルドだって一日中いるわけじゃないよな。
「ノアです。ダンジョンに潜るので装備をお願いします」
そう言うと、神官は台帳を調べ、杖とランタンを出してくれた。
嬉しいことに、聖油は四本に増えていた。
再び、ダンジョンに帰ってきた。
薄暗い通路に足を踏み入れると、すぐにスケルトンの足音が響いてきた。
一体だけだ。
ランタンはまだ灯さない。
『エンハンス』をかける。
知覚が加速する。
スケルトンの踏み込み。
速い――だけど、見え見えのパンチだ。
あえて、杖で受ける。
重い。
杖が折れないように、後ろに跳んで衝撃を逃がす。
今度はこちらから攻める。
上段からの振り下ろし。
鎖骨を捉えるが、硬質な音が響き跳ね返される。
――防御力も上がっている。
再び繰り出されたパンチをかわして、懐に潜る。
『ライフスティール』
魔石から引きはがす抵抗がいつもより大きい――だが、通用しないわけではない。
そのまま命を奪うと、スケルトンはカラカラと崩れ落ちた。
――ランタンの効果は、思ったよりも強力だな。
ランタンなしのスケルトンは、強いというより面倒、だ。
弱体化した魔物で位階を上げても、技量が伴わないかもと危惧したが、スケルトンでは得るものは少ないな。
この階層では、数をこなしてさっさと位階を上げるほうが効率的だろう。
僕はランタンに明かりを灯すと、ダンジョンの奥へと魔力を広げた。
こうして、バルドに呆れられながら僕はダンジョンに潜り続けた。
最初の数日は、バルドが「また来たのか」と呆れていた。
一週間後には、「お前、本当に寝てるのか?」と心配されるようになった。
二週間後には、「……まあ、お前なら大丈夫か」と諦めたような顔をされた。
そして一ヶ月。
待ちに待った瞬間がついにやってきた。
スケルトンを倒した瞬間に全身を駆け巡る多幸感。
体も心も限界まで消耗した苦行の果てにこれを味わったなら、神の慈悲と錯覚してもおかしくはない。
ステータスを確認する。
【名 前】ノア
【位 階】Ⅱ
【魔 力】S
【スキル】鑑定 生命魔法 魔力制御 魔法付与
【魔 法】ヒール キュア エンハンス ライフスティール リザレクション カーム
位階が上がった。
伸び悩んでいた魔力も増えている。
——そればかりか
身体が軽い。
動きのキレも、反応速度も、段違いだ。
とても子どもの身体で出せるとは思えない力だ。
僕は、スケルトンの魔石を拾い集めると、ダンジョンを後にした。
聖具室のカウンターに杖とランタンを置く。
「ノア。お前、位階があがったか?」
魔石の詰まった袋をみながら、バルドが言う。
「はい。よく分かりましたね」
僕は少し口元を上げて答えた。
「奉納してる魔石の量からすると、今日あたりだとは思ったが……まさか一ヶ月でとはな」
バルドは驚き半分、呆れ半分といった表情で、袋をじっと見つめていた。
「次からは二層に入っていいぞ」
バルドの声に、僕は思わず顔を上げた。
「本当ですか!すぐ奉納してくるので、まだ出しておいてください」
「おいおい。少しは休め」
バルドは肩をすくめ、呆れたように言う。
「修行ですから」
そう言って、僕は奉納所に駆け出した。
奉納を済ませ、バルドの所に戻ると、ランタンと白い杖が用意されていた。
「あれ?……杖が」
「ああ、二層にはレイスが出る。聖別された武器じゃないとすり抜けちまうからな」
バルドはそう言って、装備を差し出した。




