第2話 新しい遊び
病室で息を引き取った――はずだった。
なのに、気がつけば赤ん坊になっていた。
目を開けても、視界はぼんやりしている。
なんとか目の前の顔に焦点を合わせようと、ぐっと目に力を入れた。
その瞬間。
頭の中に、突然文字が浮かび上がった。
【名 前】マリア
【位 階】Ⅰ
【魔 力】E
【スキル】生活魔法
生活……魔法?それに魔力?
どうやらこの世界には、魔法があるみたいだ。
僕は自分の小さな手を見つめる。
【名 前】ノア
【位 階】Ⅰ
【魔 力】D
【スキル】鑑定 生命魔法
鑑定――。
なるほど、これのおかげで情報が見えたのか。
そして、生命魔法。
傷を癒す力か、それとも命を弄ぶ魔法か。
どちらにしても、ちょっと面白そうだ。
考えていると、体がふわりと浮いた。
さっきとは違う腕だ。
硬い。ごつごつしている。
たぶん父親だろう。
大きな手が、僕の体を慎重に支えている。
意識をその手元に向ける――
『鑑定』
【名 前】ヨセフ
【位 階】Ⅰ
【魔 力】E
【スキル】剣術
剣術か。
魔法だけじゃなく、剣も普通に使われる世界みたいだ。
低い男の声が聞こえた。
言葉の意味はまだ分からないけれど、声色は穏やかだ。
しばらくして、僕はそっと寝かされた。
体の下には布が何枚も敷かれている。
——でも、少しざらついている。
裕福な家ではなさそうだな。
母親の気配がすぐ近くにある。
規則正しい呼吸。
眠っているようだ。
出産したばかりなら、当然か。
父親の足音が遠ざかる。
何か物音。
それからドアが開いて、閉まる音。
仕事に戻ったのだろう。
部屋に静けさが戻った。
聞こえるのは、母親の寝息だけ。
僕は意識を自分の体に向けた。
前世では、ベッドから動けなかった。
その中で、唯一できたことがある。
自分の体を観察することだ。
病気の進行。
薬の効果。
痛みの変化。
常に自分の状態を分析していた。
赤ん坊の体も同じだ。
ほとんど動けない。
なら、やることは変わらない。
――新しい体を観察する。
すると、すぐに気づいた。
前世とは決定的に違うものがある。
もちろん、今度は健康な体だ。
——だけど、それだけじゃない。
腹の奥に、温かい感覚がある。
小さな火が灯っているみたいだ。
試しに、そこへ意識を向ける。
すると――
その灯りが、ほんのり脈打った。
反応している。
面白い。
これが、魔力というものか。
僕はさらに集中した。
その温かさに意識を注ぎ込む。
それが、わずかに明瞭になった。
視界の焦点が合うように、存在がはっきりと感じられる。
これは……コントロールできる。
どこまで大きくできるのか。
どこまで明瞭にできるのか。
何に使えるのか。
時間はある。焦る必要はない。
僕は毎日、この温かさに意識を向け続けた。
そして、数週間が経った。
腹の奥の温かさは、今でははっきりと感じられる。
風船が膨らむように、ゆっくり大きくなっている。
その結果がこれだ。
【名 前】ノア
【位 階】Ⅰ
【魔 力】C
【スキル】鑑定 生命魔法
魔力のランクが上がっている。
はっきり魔力を感じられるようになった。
なら、今度はそれを動かしてみよう。
意識を腹の奥に向けると、温かさが体中に流れる。
それが腕や脚、指先まで届く。
赤ん坊の体でも、魔力が通れば手足が反応する。
体が少しずつ、自分の意志に従う。
さらに頭に意識を向けると、視界が鮮明になり、光や色までくっきり見える。
驚くほどの成長だ。
そして気づいた。
魔力を巡らせるたびに、体の中に「道」ができる。
最初は意識を集中しなければ流れなかった魔力も、今では自然に流れる。
まるで血管のように、魔力回路が体中に張り巡らされていく。
これが、この世界のルールか。
ならばやることは決まっている。
赤ん坊のうちに、できる限り回路を広げる。
器も、できる限り大きくする
普通の人間が魔力に気づく頃には、僕は既に桁違いの土台を持っているだろう。
密かに笑う。
前世では、病床で何もできなかった。
だが今度は違う。
この体は健康で、時間がある。
さらに、面白いおもちゃまで手に入った。
そして、もう一つ試してみたいことがあった。
前世で読み漁った医学書の知識。
そして生命魔法。
細胞、ウイルス、免疫システム。
それらは、この体の中にも存在するはずだ。
ならば魔力で、それを感じられないだろうか。
僕は魔力を、さらに細かく意識してみた。
腹の奥から流れる温かさを、できるだけ繊細に。
まるで顕微鏡で覗くように、体の内側へ意識を向ける。
見えた。
いや、正確には、感じた。
無数の小さな活動。
細胞が分裂し、血液が巡り、目に見えない戦いが起きている。
何かが増え、何かが消えていく。
前世では図解でしか知らなかった世界。
今は、魔力を通じて体全体で理解できる。
小さな活動の一つひとつが、頭の中で鮮明に浮かぶ。
意識を向けるたび、世界の仕組みが手のひらに乗るような感覚が広がった。
試しに、喉のあたりに意識を向けてみる。
少し違和感がある。おそらく軽い炎症。
赤ん坊の体はまだ外界に慣れていない。
魔力を注ぐ。
炎症部分が活性化する。
いや、違う。周囲に何かが集まってきた。
白血球のようなものだろう。
魔力で、体の治癒を促せる。
なら次は病原体を狙う。
炎症の原因。ウイルスか、細菌か。
魔力を向けると――消えた。破壊された。
魔力が直接攻撃したらしい。
前世の知識が、ここで力になる。
免疫を活性化し、病原体を破壊する。
次は腸に意識を向けてみる。
無数の腸内細菌。
必要な菌たち。魔力を優しく注ぎ込む。
健康的な菌が増え、バランスが整っていく。
思わず口元が緩む。
この二つを組み合わせれば――。
自由自在に体を操れる。
知識と魔力が揃った今、やれることは無限だ。
赤ん坊の小さな胸が、期待で少しだけ高鳴った。




