第18話 簒奪された祈り
「ノア、前へ」
朝の修行前、ついに僕の名前が呼ばれた。
僕は列を抜け、神官の前に跪く。
神官が頭上に手をかざすと、ヒールの光が淡く体を包んだ。
だが、神官の疲労が影響してか、完璧には治りきっていない。
僕はその隙に、こっそり魔力を流す。
傷跡を、ずれた骨の位置を治していく。
朦朧とした頭も体の歪みもすっかり癒え、まるで新品の体を授かったかのようだ。
続いて、聖句とともに首にメダルがかけられる。
僕は恭しく頭を下げ、感謝の意を示す。
列の見習いたちの視線が、自分に注がれているのを感じる。
拍手と称賛、そして僅かな嫉妬が広場全体を満たした。
修業が始まると、僕は他の癒やし手と同じように、列の間を巡回する。
十分に傷ついた子供がいれば、すぐさま手をかざし癒す。
もちろんこれまでと同じように、完璧には治さない。まずは、教会のやり方に合わせる。
修行開始早々に癒やし手となった僕に、反抗心を向ける者もいる。
特に、僕より年上の見習いには多いようだ。
――まずは、癒やし手としての実力を認めさせる。
僕は、他の癒やし手と同じように振る舞いながらも、その何倍もの速度で次々と治癒を行った。
他の癒やし手が魔力を使い果たしても、僕は最後までヒールをかけ続け、列を巡った。
そうして、癒やし手としての実力を見せるうちに、反抗心を抱いていた者の態度も徐々に軟化してきた。
ある日ついに、ヒールを施していた年長の見習いが、戸惑いながらも声をかけてきた。
「なあ。お前みたいにもっと大きな傷を負えば、魔法がうまくなって、癒やし手になれるのか?」
僕と同じくらいの歳で連れて来られたとすれば、五年は苦行を続けているであろう少年の声は、どこか切羽詰まっていた。
即座に『鑑定』する。
【名 前】エリオス
【位 階】Ⅰ
【魔 力】C
【スキル】光魔法
【魔 法】ヒール
――ヒールは使えるようだ。ならば癒やし手に引き上げるには十分だ。
「そうとも言えるし、そうでないとも言えます」
僕は声を落とす。
「苦痛は魔法の上達とは全く関係ありません。ただ、教会に信仰を証明するためには有効です」
まさか、といった顔で振り返る少年。
「不審がられないようにしてください。癒やし手になるのに必要なのは、魔法の実力よりも教会への忠誠心です」
僕は小声で続けた。
「今日はこっそり、痛みだけ取り除いてあげます」
そう言いながら、静かにカームを発動した。
少年の目が大きく見開かれる。
「明日、僕が通りかかったときに全力で鞭を振ってください。痛みはすぐに取り除きますから。そうすればきっと、すぐに癒やし手になれます。――みんなには内緒ですよ」
僕はそっと囁くと、熱を帯びた視線を感じながら、その場を後にした。
翌日。
僕がエリオスのそばを通りかかったとき、ひときわ大きな鞭の音が響いた。
彼は歯を食いしばり、猛烈な痛みに耐えている。
「よく頑張りましたね」
僕は一言かけながら、すぐにカームを使い、続けてヒールで傷を癒やしていく。
エリオスの僕を見る目が、変わった。
まるで、目の前の存在が光そのものであるかのように。
「魔法のコツも追々教えますね」
そう囁くと、エリオスの力がふっと抜けた。
目には迷いがなくなり、僕に全てを委ねる安心感だけが映っている。
――これでいい。もう、彼は僕の言葉だけを信じるだろう。
僕は同じ手口で、教会に向かうはずだった見習い達の信仰を、横取りしていった。
——そして、三年が過ぎた。
同期のカイルとクラウスはすっかり僕の信者だし、癒やし手としても成長している。
年長の信者たちは『光の繭』を巣立っていった。
外との連絡は一切とれないので、状況はわからない。
だが、僕がここを出た後に、きっと力になってくれるだろう。
教導神官たちの、僕に対する評判も上々だ。
曰く、僕の影響で信仰に厚い見習いが増えた。
曰く、僕の魔法を施された見習いは、癒やし手としても成長著しい。
順風満帆な修行の日々を送る僕だったが、そんな生活にも、ついに変化の兆しが訪れた。
「ノア。そろそろ、ここでの修業は十分でしょう」
修行の終わりに、教導役の神官が穏やかに声をかけてきた。
「あなたほど信仰に篤く、神の光を胸に宿して魔法を磨く子供は、そうそう現れぬでしょう」
神官の声には、年齢や経験を超えた確かな信頼が滲んでいた。
「年齢的には少し早いですが、あなたの力は既に位階を上げるに足る。これより、位階昇格の修行に移るのです」
「位階を……?」
「ええ。優秀な癒やし手だけに課される修行です。位階を高めれば、あなたの魔力は増し、身体も精神も、神の御名にふさわしい力を得るでしょう」
その言葉に、胸の奥がざわりと熱くなる。
「どうやって鍛えるのでしょう?」
「魔物を打ち砕き、闇を浄化するのです。ただひたすらに。それが試練であり、神への奉仕であります」
「魔物を……」
「大聖堂の地下には、信徒の精進の場としてダンジョンが設けられています。そこに潜り続けるのです」
神官の目が熱を帯びる。
「神の光にふさわしい者となる為の荒業です。あなたであればきっとやり遂げるでしょう。ついて来なさい」
神官は静かに歩き出した。
僕は深呼吸をひとつして、三年ぶりに『光の繭』の外の世界へ足を踏み出した。




