第119話 感情の問題と情報の問題
クラウスとの話し合いを終え、大聖堂を後にした僕は、ちょうどダンジョンから戻ってきたライルたちと鉢合わせた。
「あ!ノアだ!おーい」
リサが手を振りながら駆け寄ってくる。
大きな背負子を担いでいるとは思えない、軽い足取りだ。
「五十九層はどうでした?」
僕が尋ねると、リサが満面の笑みを浮かべた。
「この斧すっごいよ!投げ放題!」
身振り手振りを交えながら、新調した武器の使い心地を興奮気味に語る。
「この剣もすごいぜ!どんな形も自由自在だ」
ライルが腰に吊るした剣をぽんと叩いた。
「写し身は『治癒の宝玉』があれば余裕ね。コツをつかめば、むしろこっちが圧倒できるわ」
エレナがそう言って胸を張る。
「これなら、案外早く位階も上がるかもな。思ったよりも楽だ」
ライルがそう言って笑った。
「あとで稽古、つけてほしい」
カイは物足りなそうな顔で、僕を見つめた。
「わかりました。帰ったらやりましょう」
僕がそう言うと、カイは満足げにうなずいた。
順調そうで何よりだ。
写し身を倒せるなら、位階も早く上げられるだろう。
なにより、常に自分と同じ実力の敵と戦えるのだ。
対戦すれば自分の悪いところも客観的にわかる。
戦いを重ねれば、その分だけ技術も磨かれていくはずだ。
「なぁ、しばらくノア抜きで潜ってもいいか?」
ライルが遠慮がちに、そう切り出した。
「ノアの写し身さえ出なければ負ける気はしないし、早くノアに追いつきたいんだ」
僕にとっても悪い話ではない。
「いいですよ」
僕はすぐにうなずいた。
五十九層では、六十層のようにすべての写し身が思考を共有して襲ってくるわけではないはずだ。
とはいえ、治癒を使える僕の写し身が現れれば、攻略の効率が落ちるのは避けられない。
「……そうか。助かる」
まだ気兼ねしている様子だったので、別の理由も話すことにした。
「その間、僕はルドヴァール王国にも行ってみようかと」
実際、ライルの申し出は僕にとっても都合がよかった。
ルドヴァール王国が精霊帝国からどんな影響を受けているのか、この目で確かめておきたかったのだ。
「ルドヴァール王国?」
「ええ。まずはルドヴァール王国の様子を見てみたいんです。もしエルフが来ているなら、話を聞く機会もあるかもしれませんし」
エルフに会うことも、ルドヴァール王国へ向かう目的の一つだった。
「エルフは長寿だと聞きます。調べれば、僕の不老についても何かわかるかもしれません」
別に、普通に歳を重ねたいと思っているわけではない。
それでも、自分の不老がどんな仕組みで成り立っているのかは知っておきたかった。
不老である僕の肉体と、長寿を持つエルフの肉体。
『生命魔法』で両者を比較すれば、これまで見えなかった違いが見つかるかもしれない。
「それってさ」
ライルは少し迷ってから口を開いた。
「やっぱり、気にしてたんじゃないのか?」
「何をです?」
「歳を取れないことだよ」
なるほど。
ライルはそう解釈したのか。
僕が不老の理由を探ろうとしていることを、今の状態から抜け出したい意思の表れだと思ったらしい。
確かに、そう考える人間は多いだろう。
変わらない身体。
成長していく周囲。
やがて訪れる別れ。
そういったものを恐れる者はいる。
そして、ライルはそういう未来を僕に重ねている。
「違いますよ」
「違う?」
「僕は、今の状態に不満があるわけではありません」
不老は問題ではない。
ただ、未知であることが問題なのだ。
自分の身体がなぜ変化しないのか。
生命魔法がどのような作用を及ぼしているのか。
知っておいて損はない。
「じゃあ、なんで調べるんだ?」
「必要だからです」
僕がそう答えると、ライルは少し黙った。
たぶん、まだ納得していない。
ライルにとって、不老は感情の問題なのだろう。
僕にとっては、情報の問題だった。
「大丈夫だよ。リサは大人になってもノアと遊んであげるからね」
リサが、いつもと変わらない笑顔を見せた。
根拠のない、けれど、きっと果たされるであろう約束。
「それなら安心ですね」
僕は微笑んで答えた。
リサが望む答え。
不安を取り除く言葉。
この場に最も適した反応。
それを選んだだけだ。
彼女の気遣いを否定する必要はない。
彼女の心情は理解している。
ただそれは、僕が同じ感情を抱くこととは別の話だ。




