第9話 暗闇でイチャイチャ
クローゼットから取り出した毛布にふたりでくるまりながら、お互いの熱で暖を取る。
彩紗が俺の膝の間に座り、後ろから抱きしめてその上から毛布で包めば、まぁそれなりに温かい。
ただし、どうしても末端は冷える。なので、手を握ってポケットに突っ込む。
足が冷えないようにそれぞれ胡坐をかいて、体をなるべく小さくして熱を逃がさないようにする。
そこまですると、それほど寒くは感じなくなった。
この作戦の欠点は、少しでも毛布から体を出すと中の温かい空気が逃げてしまうので、体勢の変更ができないということだ。
ソファーの上で胡坐をかいているので、すぐに腰が痛くなることはないだろうが、それでも何時間も続けるのは厳しいだろう。
嵐が通り過ぎ、電気が復旧するまでこの状態、長い戦いになりそうだ。
「冬になる前にさ、電気がいらない暖房器具を増やそっか?」
抱きしめた俺の腕の中で、彩紗がそう言った。
「そうしよう。今が冬だったら、命に関わる事態だった。電気いらないっていうと、カイロとか?」
「もっと大きな……電池で着火する石油ストーブとか」
「ああ、いいな。それがあれば、今日も楽勝だったのにな」
彩紗がこの部屋を使い始めてから、すでに二年以上が経過している。
それまで特に災害などもなく、無事に過ごせていたのは割と幸運だったのかもしれない。
災害はいつやってくるかわからない。長く生きていれば、人生のどこかで災害に遭ってしまう確率は高い。
だから備えは怠るな――という先人たちの言葉は、きっと正しい。
俺たちももう少し非常時に備えていなければいけないのだろう。
俺たちがこの部屋で生活するのは、おそらく来年度、高校卒業まで。
それ以降は、地元を離れて大学に進学する予定だ。そこで本格的に二人で暮らすことを考えている。
近くに親がおらず、いざという時に頼れる人がいない状態でも安全を確保できるように、もう少し気を付けていかないとな。
「まぁとりあえず今日は理希くんが温かいからいいけど」
そう言って彩紗はさらに身を寄せてくる。
女子としては平均的な身長だが、俺から見れば小柄。すっぽり腕の中に納まってしまう。それが愛らしくて、俺の顔のちょうど下にある彩紗の頭に頬擦りしてしまう。
暗闇の中で、お互いの姿はまったく見えないが、それでもそこにいるという安心感が、この状況での俺たちの心強さになってくれている。
もし一人きりで、一晩この闇の中で過ごさなければいけないとしたら……軽く絶望していただろう。
一人なら乗り越えられないもの、ふたりなら楽勝なんだ。
★★★
窓の外から聞こえてくる音は、どんどん恐ろしいものになっている。
近くの家のトタン屋根が剥がれかけているらしく、バタンバタンという大きな音が、雨と風の音の間に挟みこまれる。暴力的な三重奏が、否が応でも恐怖をかき立ててくる。
このアパートには雨戸がついていない。うちの県は、それほど頻繁に台風が来るわけではなく、来る時だって結構弱っているので、雨戸は必須な設備ではない。安アパートであるこの建物では、そこでコストカットしているのだ。
もしトタンが剥がれて、この部屋の窓めがけて飛び込んできたらどうしよう……と最悪のケースを思い浮かべてしまった。
そんなことはまず起こらないだろうが、低確率だから怖くないってことはない。
「ねぇ、起きてる?」
彩紗が俺の腕の中で声を出す。
「起きてるよ」
会話をするのは、たぶん一時間ぶりくらい。
いや、時計を見ていないので正確な時間はわからない。この部屋に乾電池で動く時計はなく、いつもスマホで確認している。
バッテリーを節約したい今は、たとえ時間を見るだけの短時間でもアクティブにしたくない。
「静かにしてると外の音が怖くて寝られない。楽しい話しよ?」
「そうだな、そうしよう」
大賛成だ。暗闇の中で暴れまわる台風の恐怖から逃れるには、寝るか、楽しいことをするかのふたつしかない。
寝られないなら、いっそずっと話している方がいい。
「何の話をする?」
「将来、私たちが住む家の話とかどう?」
「お、いいね」
「場所はどこにする? 地元に住むか、それとも東京あたりに行くか。この辺に住むなら、家を建てるよね? 庭付き?」
「最初は小さな賃貸で暮らすのもいいけど、やっぱいずれは庭付き一戸建てがいいなぁ」
「だよねぇ、わかる。子どもを育てる時だって、広い家の方が絶対いいもんね」
彩紗は握っていた左手を一度離し、すぐに薬指だけを握ってきた。
「子どもは何人?」
「何人がいいんだろうな」
俺も彩紗も兄弟がいる。
俺には妹が一人、彩紗には兄と妹。
うるさいし、騒がしいし、やかましいが、まぁ兄弟というのはいた方がいいような気はする。
「でも、そういうこと考えるより先に、まずは進路じゃないか。大学はどこにするつもりなんだ?」
「まだ決めてない。何を勉強するかもまだ……理希くんと一緒に暮らすために進学はしたいけど、その前には受験があるんだよね……そこは考えたくないなぁ」
彩紗はそれほど成績がいいわけじゃない。
うちの高校は近隣では偏差値が高い方であり、中学時代の彩紗は合格ラインより下にずっといた。
そこに不登校の時期が加わり、成績はさらに下に。俺と同じ学校に入りたいからと、受験前にがんばって勉強して滑り込んだが、入学以降は成績面では苦労している。
一応赤点は取っていないが、得意教科であってもそれほど高い点数は取れていない。
「大学は同じところはたぶんムリだなぁ……」
「まぁ住むのは同じ家だし。それに、働くようになったら、どうせ別の会社になるだろ?」
「そうだけどさ。だからこそ、一日中一緒にいられる時期って大学までじゃない? あ~あ、せっかく今は同じクラスなのに、変な縄張り意識がはびこってるせいで最悪だよ。学校でも理希くんと話したい~! 今のおもしろいって思っても、その場で理希くんと話せなくて、ここに来たら話そうって思っても忘れることが結構あるのもどかしい!」
「ああ、あるな、そういうこと」
「別にクラス一丸になれとは言わないけど、もうちょっと融和ムードにならないもんかな?」
「……きっかけが思い付かないな」
典型的な例なら、体育祭とかの学校行事だろう。だがそれはすでに終わっているし、融和に何の役にも立たなかった。
そもそも分断してる現状で困ってる人がほとんどいない。
もしかしたら、俺たちくらいかもしれない。しかも、その俺たちだって、そこほど切実な願いってわけでもない。
きっとクラスの分断は解消されないまま、卒業を迎えるのだろう。
「将来の子どもの話で思ったんだけどさ、パパとママは高校で三年間も同じクラスで、当時から付き合ってたのに、共通の学校での思い出が全然ないってどうやって説明したらいいのかな?」
「そんな先のピンポイントな話されても……まぁ言われてみれば、話しにくいけども。クラスの人間関係が分断してた話とかしても、小さい時期に伝わるかわからないし。でも、俺たちの仲良しエピソードなら、ここでの生活の話をすればいいんじゃないか?」
「特殊な状況過ぎてどうかなぁ……ヘタにここでの生活を知ってしまうと、性癖が歪む可能性がある」
「おい」
急に何を言い出すんだ。別にそんなアブノーマルなことなんてしないだろ。
ここでの生活も大半は、普通に遊んだり勉強してるだけだし。
いや、それぞれに自宅があって、それとは別に共同生活するワンルームの部屋があるって二重生活はやっぱり特殊か?
こんな生活は普通はできないだろうから、子どもに教えて余計な期待を抱かせるのも悪いのか?
「……う~ん、難しい話だ」
「だからさ、学校での共通の思い出のひとつやふたつはほしい。普通に話ができるような内容で、とっても仲良しのパパとママから生まれて来た子どもなんだよ、って実感できるような。そういうのって子どもの情操教育に大事なんだってよ」
もう子どもの教育について考えてるのか?
ちょっと気が早すぎるんじゃないだろうか。俺としては、子どもは大学卒業後五年くらいしてからでもいいと思うのだが。
「ってことで、学校でなんとか絡めるようにしようよ。できる範囲でいいから」
「そりゃ俺だって、学校でも彩紗と一緒にいたいけど……俺のことを除けば、今のところは、学校でうまくいってるだろ?」
「まぁね」
「変に動いて、間違えると厄介なことになるかもしれない。……二年前みたいな」
「……………………」
返事がなかったのが気になるが、俺は言葉を続ける。
「安全策を取った方がいい。高校での二人の思い出話なんてなくたって、大学に入ったらいくらでも作れるだろ?」
「…………わかった。釈然としないけど、理希くんが私のこと心配してるのは伝わった。やたらと安全にこだわるのもどうかと思うけど、私のためだし、今日のところは許す」
「ありがと」
そう言って、彩紗の頭を撫でる。
彩紗は俺の膝の上でもぞもぞと動いた。どうやら体の向きを変えているらしい。
「理希くん」
と俺の名を呼ぶ声と共に、吐息が顔にかかった。
「みんなに自慢できるような思い出を作れないのは納得するから、代わりに、言えないような思い出をたくさん作ろう?」
そうしてキスをしてきた。
キスに夢中になると、外から聞こえてくる嵐の音は気にならなくなった。
最初からこうしておけばよかったのかもしれない。




