第6話 お泊り
土曜日の朝。テレビのニュースは接近中の大型の台風の話で持ちきりだった。
どうやらこの週末にこの辺を直撃するらしく、それなりの被害が予想されるとのことだった。
いつもなら土日の少なくともどちらかはアパートで過ごし、彩紗と夫婦水入らずの時間を楽しむところ。
だが、さすがに今日はムリだな。
不要不急の外出を避け、それぞれの実家で過ごすのがいいだろう。
だんだん強くなってくる風の音を聞きながら、すでに被害が出ている隣の県の情報をテレビで見ていると、彩紗から通話がかかってきた。
「今日はアパートで過ごそうよ!」
まさかのお誘いだ。
「危ないから今日はやめておいた方がいいんじゃないか?」
「まだ少し風が強くて雨が降ってるだけの普通の天気だよ」
「いつもなら帰る時間くらいに一番ひどくなるらしいけど?」
「それが狙いだよ、理希くん。その時間帯にひどくなるってことは、危ないから家に帰らずアパートに残る方がいいってことになるでしょ? つまり、やむを得ずお泊りするしかなくなるってことだよ」
「ほう、なるほど……」
俺たちの関係は両家の親公認だが、なかなかお泊りまでは許してもらえない。
親たちは、泊りを普段から許していたら、アパートに入り浸って半同棲が同棲になって学業に支障が出るかもしれない――と心配しているようだ。
「ってことで行くよね?」
「もちろん行く!」
「やった、それじゃ台風ようこそパーティーするからお互いにいろいろ買ってお昼に集合ってことで」
通話を切ると、すぐに出かける準備をする。
やっぱ替えの下着は必要だよな? 気温に合わせて調整する用の上着はあっちにいくつか置いてあるが、下着は置いていない。普段はさすがにそこで着替えることはないから。
しかし今日はお泊り。新品の下着を用意するのは、たぶんマナーだ。
あとは……歯ブラシだのなんだのはアパートに置いてあるからいいとして……。
部屋でバッグに中を調整していると、母親がそっと入って来た。
悪いタイミングで……。
「どこ行くの?」
「……アパート」
隠してもしかたない。というか、学校ではともかく、家族に対してこそこそするような関係ではない。
「こんな天気に?」
「ま、まぁ……」
「そう……今日は帰って来ないつもりか。まぁ暗くて風が強い中ムリに帰るよりは泊まった方が安全と判断したらそうしなさい。それはそれとして、危険なことはしないこと。安全第一よ、いろんな意味で」
「わかったから、わかってるからもうやめて」
こういう話を親からされるのマジでキツい。
これ以上準備に時間をかけ、母にからかわれたくないので、さっさと家を出る。
次は買い物が……。なにを買うかな。
彩紗は台風ようこそパーティーと言っていた。
安全な家の中から豪雨暴風のニュースを見て、いつもとは違う窓の外の風景を楽しみながら非日常を味わうつもりなのだろう。
彩紗はきっとスーパーでなにか買ってくる。彩紗の性格からすると……お菓子かな?
ポテトチップスやチョコレートを軸にあまいとしょっぱいのコンボを仕掛けてくる可能性がある。
普段、アパートで料理をする時、彩紗は野菜中心にメニューを考えている。その分、こういうイベント事ではハメを外して、思いっきりジャンクに攻めてくるのではないだろうか?
なら俺もジャンク路線で行くか。
家を出ると、まだなんとか傘が使えるぐらいの風の強さだった。このまま強くなれば、夕方を待たずに外出が難しくなるだろう。
田んぼの様子を見に行くのでなければ、今が外出のラストチャンスという感じだ。
雨風をしのぎながらアパートに向かって歩き、途中で県道沿いにあるピザ屋に立ち寄った。
デリバリーはやっておらず、受け取りのみでやっている個人営業の店だ。
地元の野菜にこだわっていると謳っているが、一番の魅力はその価格帯。
大手全国チェーンより三割は安い。しかも災害級の天気の日はさらに安くなるのだ。
天気予報が「危ないから出かけるな」と言っている日に「ぜひ来てください」と言うとは、なかなか悪い店だが……台風の日にパーティーをするなら、ここは外せない。
そう考える人は多いらしく、店の中は大盛況だった。
「ご注文をどうぞ」
と言った店員の声に聞き覚えがあり、顔をしげしげと見ると……。
「田之上じゃん。ここでバイトしてたの?」
中学時代に同じクラスだった田之上が働いていた。
「おっ、坂城じゃないか。久しぶりだな」
以前の田之上は眼鏡をかけていたが、コンタクトに変えたらしく垢抜けた雰囲気に変わっていた。
「台風の日にバイトか、お疲れさん」
「いや、台風の日って時給高くなるんでな。労働意欲溢れてるぞ。なんなら暇な日は毎日台風であってほしいくらいだ」
なかなかたくましい。
しかし、客に対しては値引き、バイトに対しては時給アップ。この店はずいぶん気前が良いな。
「坂城は家でピザか? それとも友達と集まるのか?」
「まぁ家だな。家族とのんびりする予定だ」
「なんだ。彼女と過ごす、くらいの返しは期待してのに。いないのか?」
「いないな」
まだ籍を入れたわけではないが、認識としては彩紗は嫁だ。
つまり家族。彼女ではない。
彼女とかなんとかという次元は、とっくに通り過ぎている。
「ではご注文をどうぞ」
さてなににするか。
三枚は多いが、一枚では物足りない。やはり二枚は買いたいところだ。
個人的な好みなら、ペパロニがいいが……チーズたっぷりのピザも捨てがたい。
彩紗の好みならシーフードだな。
しかし、普通過ぎるとおもしろみがないか? いや、冒険はせずに、ここは無難に行こう。
「スーパーモッツァレラピザと、シーフードピザ」
「モツピザと海鮮ピザ一枚ずつ。以上でよろしかったですか?」
海鮮ピザはいい。モツピザはやめろ。モツ煮が乗ってるのを想像してしまうから。
「あとはスパイシーチキンを」
注文を終え会計をする。引換券兼用のレシートを受け取る際、田之上は小声で言った。
「これは独り言なんだが……井納彩紗って覚えてるか? 男を取っ替え引っ替えで話題になって、不登校になった、あの――」
「…………ああ」
「さっき来たんだ。相変わらず美人って言うか、前よりもっと美人になってて、ありゃ今も相当遊んでるぞ」
「……仕事中にそういう話は良くないんじゃないか?」
「まぁそうだな。でも、チャンスがあったら声かけてみたらどうだ? って言おうとしたんだよ。噂通りなら、頼んだら案外あっさりと一回くらい――」
「仕事中」
話を打ち切り、店内のイスに座って時間を潰した。彩紗もここで買ったんなら、来なきゃよかったな。
あんな話を聞きたくなかったのもそうだが、トッピングが被ってたらどうしよう。
彩紗にメッセージを送ると、さっきピザを受け取って、今は近くのスーパーで買い物をしているとのこと。
そのままそこで待っていてくれるように言って、ピザを受け取ってから彩紗と合流する。
それから並んでアパートまで移動する。
道中の最大の話題はもちろん、ピザのトッピングについて。
彩紗は店員が中学の同級生だったことも、裏で何を言われているかも知らないようなので、そのことには決して触れない。
「俺はモッツァレラとシーフードを買った。あとスパイシーチキン」
「私はペパロニとスコーピオンを買ったよ。それとフライドポテト」
見事にかぶりなく分かれたな。
バラバラの注文だったことより、俺があきらめたペパロニを彩紗が注文しててくれたことが嬉しい。
「シーフードは無難すぎるかと思ってやめたら、まさか理希くんが買っててくれるなんて」
「さすが俺たちだなぁ。まぁ彩紗がスコーピオンを買うとは思わなかったが……それちょっと話題になってたよな? かなり攻めてるメニューだって」
「なんか今日はテンションが高いからね。普段から絶対に買わないネタに挑戦してみないと」
俺が安全策を取ったら、彩紗が少しだけ冒険してくれる。
彩紗が冒険したら、俺が安全策でブレーキをかける。
俺たちは最強のコンビと言っていいだろう。




