第22話 ポニーテール
翌日、彩紗が有賀に対し、
「さすがに根負けした。クリパ、一緒に行ってあげてもいいけど?」
と言った時の有賀の表情は、トラブルを予感させるのに十分だった。
これまで四日間、熱烈アピールを繰り返してきて、ようやくそれが結果に繋がったわけだから、喜ぶのが普通だ。
ところが有賀は、顔を引きつらせ、視線を泳がせた。そういう表情は一瞬だったけれど、明らかに異質で違和感があった。
「君が行きたくないなら、私も行かなくてもいいけど?」
彩紗もそれに気付いたようで、有賀にそう言った。
有賀は一瞬ほっとした表情を浮かべながらも、数秒考え、「いや……」と言葉を続けた。
「ぜひ一緒に行ってください、おねがいします」
と頭を下げた。
違和感は解消されなかったが、一応これで話はまとまり、後はさっさとクリパが終わってくれるのを待つだけになった。
つまり、信じて送り出した彼女が――なんて展開にならないように祈っていればいい。
そう思っていたのだが…………。
トラブルは、クリスマスを待たず、もっと早く訪れた。
★★★
二時間目が終わった後の休み時間、ポニーテールの下級生らしき女子が教室にやって来た。
その女子は、彩紗のところに一直線に歩いて行った。足音に力が入っていて、怒りを感じさせる。
「ちょっといいですか? 話があるので、人がいないところに行きましょう」
「あなたは誰?」
「いいから、来てください」
その女子は徒党を組んで来ていた。周囲に五人も引き連れていて、数の力で圧力をかけてきている。
お友達になりに来たって感じではなさそうだ。
「あんたらさ、先輩に対してそういう態度はないんじゃない?」
藤巻さんが彩紗に代わって、一年女子たちに言い返す。
彩紗の話を聞いて思うのは、藤巻さんは彩紗のことがかなり好きだということだ。藤巻さんがいるから、彩紗は今のグループにいるようなところさえある。
「すみません、この方にだけ用があって来たので。時間もありませんので、部外者は黙っていてもらえます?」
「は? そいつら全員関係者なの?」
「ええ、そうです」
「どんな?」
「説明している時間がもったいないです。…………はぁ、もういいです。なら、あなたも来て構いませんので、とりあえず移動しましょう」
女子たちは藤巻さんも連れての移動を提案した。
というより、彩紗と藤巻さんの両脇を固め、ほとんど連行と言っていい状態だ。
ただ事ではない雰囲気しか感じない。
「ちょっとトイレに行ってくる」
俺は小野にそう言い、教室を出て、彼女らを追いかけることにした。
学校ではあまり関わらないように――なんて言っている場合ではない。
なにかあったら、一年の女子たちをぶん殴ってでも彩紗を助けなければいけない。
★★★
一行は校舎端の階段の踊り場に移動した。
人通りが最も少ない階段……少なくとも、俺は普段は使わない場所だ。
今日も誰もいない。
そこで一年の女子たちは、彩紗たちを囲み、話を始めた。
「いくらなんでもひどくないですか?」
ポニーテールは彩紗をにらみつける。
女子としては背が高く、彩紗を上から見下ろすような感じ。こういうことに慣れていない彩紗は、怯えて一歩退く。
「な、なにが?」
ビビっているのが声に出てしまっている。それで調子に乗ったのか、ポニーテールの仲間たちが後ろから煽る。
それを制止し、ポニーテールが続ける。
「有賀先輩のことですよ」
「有賀くんがどうしたの?」
「どうしたの、って……有賀先輩は、あたしとクリスマスパーティーに行くことになってたんです」
「え? そんなの知らない」
「月曜日にあたしから誘ったんです。そしたら『別の子を誘ってるから、そっちがダメだったら一緒に行こう』って言ってくれて。昨日の放課後に『もうそっちはダメそうだから』ってことになって、あたしは喜んでたのに! そしたら今朝になってあんたがオッケーしちゃって、こっちはキャンセルさせられたんですよ! ふざけんな!」
ポニーテールが床を大きく踏み鳴らす。
なるほど……話は理解した。そりゃ怒ってもしかたない。
だが、彩紗に文句を言うのは筋違いだ。
「その文句は有賀に言えばいいじゃん」
藤巻さんが言い返す。
「言いましたよ。そしたら、『でもそういうことだから』って。それで終わり。ひどすぎると思いませんか⁉」
「……思う」
「他人事みたいに言うな! 全部あんたのせいでしょ!」
とんだ言いがかりだ。
ポニーテールは興奮状態で、どんどん声が大きくなっている。
まいったな……普段は人が少ない場所なのに、野次馬が集まって来たぞ。
「わ、わかった。私は今から断るから」
「ムリですよ、有賀先輩はもう申し込み用紙を出しちゃったみたいなので。一度申し込んだらキャンセルもペアの変更もできない仕組みなんです」
「え、そうなの……不便だね……」
「だからもうあたしはどうしようもないんです。で、どう落とし前つけてくれるんですか?」
「落とし前って……」
「まぁそんなのつけないですよね。ごめんなさい、知ってて言いました。男心を弄んで、他の女から寝取るのって、井納先輩の趣味ですもんね」
「……え?」
「ちなみに、ここに集まってもらったのは、被害者の会ですから」
後ろの女子たちが大きく頷く。
「被害者……?」
「これまで井納先輩に告白して、フラれた男を狙っていた人たちです。あなたに好きな人を寝取られたわけで……」
「あの……誰のことを言っているかわからないけど、私は告白されたら全部断ることにしてるから、その人たちの好きな人たちとは一度も寝てないんだけど……その人たちも寝てないんでしょ? 寝てもいないし、取ってもいないのに寝取りはおかしいんじゃないかな?」
「そんな言葉の細かい部分はどうでもいいでしょ!」
「ひぃっ‼」
ポニーテールは彩紗の後ろにあったガラス窓を手で叩いた。
割れるんじゃないかと思うほど大きな音がして、驚いた彩紗は悲鳴をあげた。
藤巻さんは彩紗をかばう位置に立ち、防波堤になってくれている。
本来なら、俺がそこにいて守らないといけないのだが……。藤巻さんには感謝しないとな。
「暴力に訴えるつもりなら、こっちも暴力で対抗するけど?」
藤巻さんは少々短気な人のようで、腕力で身を守りにいくつもりのようだ。
だが、さすがに多勢に無勢では危ない。
周りに野次馬が多いので、その人垣を利用して――、
「あ、先生、こっちこっち! なんか女子たちがケンカしてますよ!」
俺は人に紛れて姿を見せないようにしつつ、そう声を出した。
「ちっ」
一年女子たちは舌打ちをして、
「これで許したりしないですからね。井納先輩の中学時代の悪い噂、こっちは知ってるんですから。これ以上悪女に引っかかる男が出て、あたしらみたいな善良な女たちが泣きを見ないように、当時の噂を広めておくんで」
「…………え?」
「あたし、先輩と同じ中学なんですよ。だから、あの時の噂もいろいろ知ってるんで。それじゃ」
ポニーテールはそう言って、その場を後にした。
「ったく、変なのに絡まれた……彩紗、大丈夫?」
藤巻さんは彩紗を気遣っていたが、彩紗は顔を青くし、手足を震わせていた。
なんてひどい。彩紗は悪くないのに、逆恨みであんなに怖がらせて。
それに、昔の噂だと? もしそんなのを流して彩紗を傷つけたら……どんな手を使ってもそれ以上の傷を与えてやるからな。




